『ときをためる暮らし』 に

「 4人だと静かだね。」

「 悪いけど落ち着いて食べられる~」

 ふふふっ  ふふっ



下のふたりが今日は夕飯時になぜか熟睡。

上の会話はその夕食の会話です。

上の娘ふたりは解放されたようにニンマリと

好きなだけ好きなものをほおばりながら久々のゆったりした夕食をたのしみました。



もちろん、私もいつもは膝に信ちゃんを座らせながら

床に落としたご飯粒を拾いながら食べることを思うと、

スペシャルなディナーのようでした。

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鬼の居ぬ間に、ちょっと前に買って読んだこの本『ときをためる暮らし』
を食後のコーヒーとともに手に取って眺めていたら、

びっくりすることが・・・・・・!


帯に隠れてわからなかったけれど、撮影者のお名前に目がとまりました。 Oさん。

カメラで生きていくのは大変だと、

そうお手紙に書いていらしたのはもう10年近く前のこと。


知人の紹介で知り合って、

お会いすることはなかったのですが、年賀状や手紙のやりとりをしていました。
なにかをお送りしたこともありました。

そうそう、なぜか私はこの十ほど年上の写真家女子に、
自分で前の年に仕込んだお味噌やら何やらを送った記憶があります。

横浜に越してきたばかりで人恋しかったのと、
会ったこともない彼女のなんとなく伝わってくる不器用なほど正直な生き方に
偉そうにエールを送りたかったのかもしれません。



手前味噌もいいとこですが・・・・



お元気なんだ。
ますますあったかい写真をとられるようになられたな、と思います。



不思議なご縁を感じます。
ひさしぶりに手紙でも書いて近況を報告してお話したいな。






この本は、じっくり自分流に試行錯誤して生きてこられたご夫婦の日常のききがたりの本です。

土を作り、野菜を育て、悠々自適の老後のスローライフの本か、

と思いますがそんな感じではなくて

常に自問自答して人生を自分たち色に重ねてきた方たちの日常を淡々と語ってあります。



この中でご主人が言っておられます

「 皆さんは 『私たち』 と、お話をしますが、 本来は 『私が』 ということで、

  一人ずつ、自分でできることを考えながら暮らさなければいけないと思うんですよ。」





最近は小学生でも空気を読んで、

今自分に求められていることを口にします。



「幸せに生きていきましょうよ。」

『私たち』 では 『私』 はほんとうに幸せになれない気がする。

『私』 が幸せでなければ 『私たち』 も当然本当に幸せになんかなれるわけないじゃないか。




そう言われている気がしました。







お知らせが遅くなりましたが、

6月の法話会は以下のとうりです。   


               6月1日 (土)  13時半~15時半(頃まで)

                講師       本多静芳 師




ご法話をお聴かせいただく時は

いつもこの 『 私 』 がお目当ての話です。


いつもこの 『 私 』 の外にばかり目が向いていますが、

本堂で座ってこの 『 私 』 をじっくりと見つめさせていただくと、

安心してほんとの私で生きていける。


そこに幸せに暮らせる道がある、そう思います。




久しぶりの法話会ですね。

ご門徒のみなさんにお会いするのはいつも楽しみです。

お待ちしております。

                                           なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73 | 2013-05-27 00:13 | Comments(0)
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