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やさしい時を

先日の日曜日。
降誕会 (親鸞聖人のお誕生を祝う集い) のご法話とお祝いの会を催させていただきました。


足利先生は右手にウクレレ、左手になんだ?なんという道具かよくわかりませんが、
重い荷物をガラガラ引きながらお見えになってくださいました。




そう、この度のご縁ではご法話のあと 『 いのちの理由 』 という 

さだまさしさんの曲を歌うことになっていたからです。




早速、音合わせ。

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音符無しの歌詞のプリントだけを配って皆さん歌えるかなあ、大丈夫かなあ・・・・・・

なんてことはお構いなしで、

 「  まあ、 気持ちよく大きい声で歌えば上手い下手は関係なくていいんじゃないか?  」

西法寺は無茶振り住職坊守で成っております。 ^^v


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足利先生のご法話や先生の性格からは

先生はお気づきにならないかもわかりませんが、



広島の多くの方が持っていらっしゃるような

正直で温かい空気が広がります。




今回のご案内に ( 広島 ) と入れただけで、


「 広島のどのあたりからお見えですか? 

  こちらのお寺さんには初めてですが、法話を聴きに来させていただいても宜しいでしょうか? 」


と、西法寺を初めてたずねてくださるご夫婦もお出ででした。



 『 広島 』 の方は熱いですねえ。




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住職の歌えないところは足利先生がフォローしてくださって、

住職が話をしている間はウクレレでBGMを奏でてくださって。


ホワイトボードの後ろではマツバラさんがピアノ伴奏を。(ありがとう♡)





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おいしいお料理を準備くださってありがとう。





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僕も歌っちゃおうかな。 「 足利先生、あの曲は弾けますか? 」


普段は静かなキクチさん、実はとっても歌が好き、歌がお上手。


奥さまの散らし寿司も最高でした! ありがとうございました。






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久しぶりにお参りのヤマダさん、

すごくいいお声で 昭和懐かしい曲や童謡で老若男女が歌えるように盛り上げてくださって。







この度は、ホームページの方に歎異抄のご案内を間違えて載せていて

歎異抄の日と間違えて初めてお参りくださった方も・・・・・

本堂の前から携帯でお電話くださって

 「 初めて来たのですが

   今西法寺さんの入り口に居るんですけど、

   中から声がしていますが開けて入っても宜しいんでしょうか? 」



よく お寺の入り口までは来てくださっても、

中からお経が聞こえると入る勇気が出なくて帰ってしまった、という方もいらっしゃいます。



そんな中、わざわざ携帯電話で確認してくださって本堂に入ってくださったヨシダさん。



ようこそ お参りくださいました。

ご一緒に良い時間を過ごしていただけましたでしょうか。




『 袖振り合うも多生の縁 』 最近ほんとうによくこの言葉をかみしめます。

ここでなければ出会うはずのなかった方と

なんとも不思議に深く深くご縁を結ばせていただくことが多いです。




温かい気持ちにさせてくださいます。




今年の降誕会もやさしい時間をいただきました。

お参りの皆さま、足利先生、ありがとうございました。



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                                            なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73 | 2014-05-29 10:49 | 行事 | Comments(2)

しあわせになるために

鴨志田のオレンジ色の屋根の3階建ての一軒家で

ここ西法寺がまだ『青葉布教所』と呼ばれていた頃、

ご主人を亡くされてご縁があった◯さんと夕方電話。




「 降誕会のご案内いただきました。

  ただ、今年は体調がこんな調子だから

  お斎のお手伝いができそうにありません・・・・ 」



彼女とは間もなく10年のお付き合いになります。



「 いやあ~、まだまだ40代50代は花ですよ。

  70歳も過ぎてみると、いやいや・・・・・ 生きていくのもたいへん。 」





もともとご実家は浄土真宗ではなかった彼女。

最初はこの教えはちんぷんかんぷんだったようで、




「 坊守はご縁ご縁っていうけれど、

  ご縁ってなに? まっっったくわかんない! 」




なんて関東の方らしい気持ちをストレートにぶつけてこられていました。

気持ちのまっすぐな、私にとってありがたいお友達でもあります。



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         来週     5月 25日 (日)  13時半より  15時半頃まで

                  降誕会法要 の ご法話をいただきます。


           ご講師は   広島県江田島より  足利弘宣 師  です。





降誕会はご法話が終わってから

皆さんとご講師を囲んで軽くお食事をしながら

広島の話やら御法義の話やらわいわいと久しぶりに楽しみましょう。






そうそう! 今年はご法話の後にもう一つ。

さだまさしさんの 「 いのちの理由 」 という歌を

ご講師のウクレレとご門徒のMさんのピアノ演奏に合わせて皆で歌います。




住職と私は昨年の紅白歌合戦でこの曲を聴いてから、

「 来年の降誕会はこの歌をみんなで歌いたい! 」

と思っていたのでした。




この歌は、浄土宗の法然上人800回大遠忌を記念して

浄土宗の依頼でさだまさしさんが作られた曲です。



さださんは 「 わたしは浄土真宗ですが、わたしが作っても宜しいんですか? 」

とお聞きになったと笑いを誘っていらっしゃいましたが。

兄弟みたいなものですものね。


       
       


        「 いのちの理由 」



        私が生まれてきた訳は  父と母に出会うため

        私が生まれてきた訳は  きょうだいたちに出会うため

        私が生まれてきた訳は  友達みんなに出会うため

        私が生まれてきた訳は  愛しいあなたに出会うため

        

       

        春来れば  花自ずから咲くように

        秋来れば  葉は自ずから散るように

        しあわせになるために  誰もが生まれ

        悲しみの花の後からは  喜びの実が実るように





        私が生まれてきた訳は  何処かの誰かを傷つけて

        私が生まれてきた訳は  何処かの誰かに傷ついて

        私が生まれてきた訳は  何処かの誰かに救われて

        私が生まれてきた訳は  何処かの誰かを救うため





        夜が来て  闇自ずから染みるよう

        朝が来て  光自ずから照らすよう

        しあわせになるために  誰もが生きているんだよ

        悲しみの海の向こうから  喜びが満ちて来るように




        私が生まれてきた訳は  愛しいあなたに出会うため

        私が生まれてきた訳は  愛しいあなたを護るため









  「親鸞聖人は、本当の喜び(しあわせ)は、悲しみの中にあると教えてくださいます。」

  と住職は 『 西法寺だより 』 に書いています。



この度のご縁では、ご法話とともに

集ってくださった皆さまと一緒にこのさだまさしさんの歌詞を味わっていけたら幸いです。



お待ちしております。



                                              なもあみだぶつ











  
by shinwoyorokobu73 | 2014-05-17 21:55 | 季節 | Comments(0)

思えば遠くへ来たもんだ。

おはようございます。気持ちの良い朝です。



ぼんやりとした朝緑の中、

葉影のどこかで 「 ホーホケキョ 」 とウグイスが鳴いています。



本日は 「 歎異抄を読む会 」 です。

      14時半 からです。

お待ちしております。





先日、本願寺からお電話がありました。


  本願寺職員  「 西村先生、 ソナム さんのお写真をお持ちですか? 」


     住職   「  ソナム?  ネパール本願寺の 『ソナム』 の こと?

              うん、持ってるけど・・・・・めちゃめちゃ若いよ。最近のは無い。 」








 『 ソナム 』 というのはご存知の方々にはとても有名な僧侶です。

 ソナム ブディア さん。


今の 『 ネパール本願寺 』 を作った方で、当時は若くしてチベット仏教の高僧でした。

彼のお父様もシッキムでは大変な家柄の高僧だそうで、

当時彼が現地の人々と交渉をすれば話がスッと進むと住職も感心していました。


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当時向坊弘道氏が作った

 『 グリーンライフ研究所 』 
(現在のネパール本願寺の前身、当時は折り畳み式の車いすを製作する場所にする予定だった) 

に於いて運営にトラブルが生じたため、青年僧侶 西村信也 は用心棒代わりに同行していたのでした。




向坊さんは東京大学に在学中交通事故にあい

四肢体幹麻痺というハンディキャップを負われていたからです。




その時偶然にも小学校の校長先生をなさっていたソナムさんが
生徒を連れて来ていた旅先で一行は出会ったのでした。

若干30代初めの西村と20代半ばのソナムの出逢いでありました。

17~18年前の事。



その時に、チベット仏教と日本の浄土真宗を熱く語り合い、同じ釜の飯を食った仲間の様子は
その時住職から日本へ送られて来た絵葉書いっぱいに溢れておりました。


ただ・・・・・この時まだソナムと西村はこの後ここがネパール本願寺に成ることも、

ソナムがチベット仏教から転派して浄土真宗の僧侶と成ることも、

そこの代表になってネパールに多くのご門徒を育てていくことも

まったく知る由もなく、

上の写真のように仲良く笑って別れたのでした。










一方その時、日本でポツリと残されて

西村信也は私と結婚する気があるのか???

東京に本気で寺を建てようと思っているのか???

日本にはいつ帰ってくるんだ???


と 煩悩にまみれて一人 「 うわーーーーーー!!!!!」 と叫びそうだった

佐賀にて30歳を目前に控えた私・・・・・







終にカトマンズのグリーンライフ研究所に国際電話をする。



電話に出られた、 向坊さんに日本から同行なさっていた太田さん(ヘルパー女性) の 一瞬 の 間 ・・・・・

その後の

       「 きゃーーーー!(彼女の心の声) 

         信也先生ですね! お待ちください!



         信也せんせ~~~い ♡ 先生先生先生  せんせ~~! 

         日本からお電話です ♡  女の方 ♡ 」


初めての国際電話で変な汗をかきました。







その後、



はっきりしない男を横目に痺れを切らした私は

当時母方の寺に入寺していた所を出る決意を決め、

佐賀では大騒ぎを巻き起こしました。




戦後没落したとはいえ、

日本屈指の豪農 『 金善 』 さん こと 弥富家 をご門徒に持っていた寺です。




まあ、本当に若かったとはいえ、

「この後は絶対に中途半端には生きられない」 と覚悟を決めて、 

当時の総代さん達に向かって畳に頭をつけて謝りました。 両親とともに・・・・・・




その後は何故かすぐに結婚は決まってゆき、

北九州で二人の娘に恵まれて関東の地にご縁を得ることとなります。


横浜西法寺本堂の上棟式


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この お六字のご本尊は私が出た母方のその寺に住職として戻ってきてくれた叔父が

お木像の阿弥陀様がお見えになるまでと

横浜西法寺が建立なってすぐにお貸し下さったもの。

( お名号の掛け軸だけ。椅子も座布団も机さえ無くてガラーンとした本堂でした。)





建って3~4年はここ西法寺もこんな風でした。

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ダライラマとのご縁もいただきました。

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あああ~~~あお腹いっぱい。

思い出すだけでまだ吐きそうになります。

恥ずかしいこと、いっぱいでした。

おかげさまで、

不思議なご縁に導かれて、

いろんな方に我慢していただいて、

ここに居ります。

なんまんだぶ



久しぶりにソナムの写真を引っ張り出したら、

いろんな思い出やらまで引っ張り出してしまいました。



お粗末さまでございました。



                                          なもあみだぶつ












 
by shinwoyorokobu73 | 2014-05-11 09:36 | Comments(2)

お浄土からの声

飛び石連休と言われる今年のお休みを皆さんどんなふうにお過ごしでしょう。

ここ横浜は時々強い風が吹くものの昼間降り注ぐ光は美しくて、

なぜか今年は裏庭にたくさん咲いている小さな野菊の粒粒が輝いて見えるほどです。



今年は雪も多かったので 草木にとっては恵みの年なのかもしれません。

西法寺でも大きな木々も雑草と言われる草たちもとても生きいきとしています。

なので・・・・・・裏庭は見る方が見るとただの草ぼうぼうであります。^^




1週間ほど前だったと思います。

久しぶりに朝の連ドラを見た後でした。

有働さんとイノッチが出てくるとばっかり思っていたら

お休みだったせいか、

人間国宝だった14代酒井田柿右衛門さんの特集番組がありました。





柿右衛門さんの最後の作品は九州を縦断する豪華列車

あの『ななつぼし』に使われたのだと。




蜂の巣と蜂のモチーフは西洋の色と東洋の色が混じったようで、
実際にこの目で見てみたい・・・・。




亡くなる前の命がけの作品であったのだと知りました。






見終わった興奮の中、私はふと思い立ってあの徳利を手に取ったのです。


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       私  「 じいちゃん、これ貰ってもよか?」

      祖父  「 ふん、これがよかとこー?(これがいいのか?) 

             何に使うかい? 」

        私  「 花入れ。」


      祖父  「 ふ~~ん。 花入れにこの赤は邪魔やろうもん。 」

        私  「 うん、反対に向けたら大丈夫。 

              私、この形が好いとると。 」

      



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美しいものが好きだった祖父から貰ったこの徳利。

柿右衛門さんの流れの器、本来の使い方をしておりませんで長い間申し訳ございませんでした。





でも、私はこの形が好き。

野の花を入れても私の腕前なんか関係なく品がよくなります。





柿右衛門さんの赤を引き立たせるための

それを支えるため表に名の出ない職人さんたちの鍛錬に思いを致します。





住職は 「 いくら本堂だからと言って、もう手洗いに置くのは止めたら? 」 と言います。

 確かに。



ただ、これも私なりの敬意であったのです。

「 不浄と言われるところこそ、一番清々しくしておきたいな 」 と。

佐賀の磁器の持つ、 「 白 」 の力は大きいと思うのです。







でも、柿右衛門さんの最後のご様子を画面で拝見すると、

そんなのは私の屁理屈。

これからは、この美しい赤と手に包んだ感触を愛でながら

おいしい日本酒をいただきたいと思います。







名前で人や物を観なかった祖父は

日夜 お浄土からこの私に向けてメッセージを送っていてくれているのでしょうが、

この日は久しぶりにその声を私がキャッチできた嬉しい日でありました。






                                              なもあみだぶつ




                                  
by shinwoyorokobu73 | 2014-05-06 04:52 | 思いがけず | Comments(2)