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「写真には写らない美しさ」って


            宮崎葵のCMで(ユニクロでしたっけ?)

         「 ど~ぶね~ずみ~みたいに~美しくなり~たい~ 」

               って彼女が歌いますよね。

              小学4年、5年の娘達がそれぞれ、

              「どぶねずみってうつくしい?」

         「なんでよりによって、どぶねずみを選んだんやろ~?」

                 なんて話しています。


      わたしたち世代には懐かしい ザ ブルーハーツの『リンダ リンダ』の詞。
       わたしもその先の歌詞を忘れていて、なんだったっけ、と思っていたら

              ときどきその先も歌が流れる時があって、

        「しゃ~しん~には~写らない~う~つくしさ~があ~る~から~」

                  だったんですね~。

               ハッとしてしまうような歌詞です。
       
          娘たちに教えたら、「オオ~!そんな続きがあったんだ」と
             わかったようなわからないような感じなので、

           住職が『リンダ リンダ』をインターネットで調べて
            娘たちに「これが本物の歌」と聞かせていました。

      気にいった2人と住職は「リンダ リンダ~!リンダリンダリンダ~~~!」

         あの振付のごとく本堂でぴょんぴょん歌いまくっていました。

              
             阿弥陀様もビックリだった事と思います。

            

            目には映らない美しさって結構ありますよね。

        目に見えることばかり追っかけているかもしれないなあ。わたし。

          若い時に聞いたこの曲より、今の方がドキリとしました。

    
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        ↑これはK願寺のご住職に3年程前に分けて頂いた『つわ蕗』
         3年目にして初めて花を咲かせました。 きれい。


               つわ蕗で思い出したのですが、
                昔、住職が若手僧侶の会で
          
          「俺は人知れず咲く、野の花のように生きていきたい」
               と言って、一同をシーンとさせ、
              みんなの大爆笑をかっていましたっけ。

                その大きな声と大きな態度。
      
      おまけにゴリラの様な顔の人にも「ゴリラの様な顔をして~」なんて言って
        その人とがっはっはと大笑いするような芸当ができる住職あなたには、
           このつわ蕗のような「野の花」はやっぱり無理よ。
               
              なんて考えつつの今日の一枚でした。

              
              嘘がなくてその人その花らしいのが、
              
             美しい、というか、いいなあ~と思います。


    わたしは・・・
      写真には写らない美しさがそろそろ滲みだしてきたらいいが・・・
                                        と思います。
     

      
      
          
               









              

          












           
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-28 14:49 | Comments(0)

この石頭(いしあたま)!だけど・・・

                
                前にも書いたような。

        わたし、安らかな眠りを邪魔されると凶暴化するみたい と。

          
          また、突然鼻の骨をかなづちで殴られたように
             頭のまわりを星が飛び散りました。

           
                   午前2時。
          3女のわたしの鼻へのストレートな頭つきでした。
           本人は向きを変えて何くわぬ様子で寝ています。
 
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          ↑ 起きているときの無邪気な石頭(いしあたま)
        

       いつも胸に抱くように大事にして寝ているのにこの仕打ち。
           
           「ちょっと!もうそっちに離れて寝てよね!」

              娘のスヤスヤの様子に腹が立ち、
          端っこに異動させ、わたしも反対の端っこに異動。

                 「これでよし!」


        ・・・・・・・ですが鼻は痛くて目は冴えて眠れはしません。

          そういえば、 なんていろいろ思い出すことも。

                恥ずかしいのですが、
            わたしは、独身の頃から結婚してしばらく
            寝ていて唸り声や寝言やら歯ぎしりがひどく、
 
          「どうしたんか~、何がそんなにはがいいんか~?」

            心配した住職から何度も起こされました。

         「言いたい事や、我慢している事があったら言ってくれ」

          なんて言ってくれるのですが、本人 自覚がありません。

        
       それが今では住職の眠りを邪魔することなく静かになったようです。
                
                  はて、なぜだろう?

       考えると、「ホントの事をうけいれる」ことにポイントがあったような。

            大丈夫、ほんとのお前の姿はわかっている。
            どんなお前でも決して見捨てたりしないから。
                 安心して任せなさい。

      住職からも、お説教の中でも、耳にたこができるほど聞いていたおことば。

        でも疑って、「いや、そんな、もうちょっとわたしは善い人なのです。」

                「この程度のわたくしではございません。
                 もうちょいできる女なのでございます。」と・・・

                がんばっていたんですねえ~。
                    昔のわたし。
         
            そんな起きている間の無理と嘘がたたって
          夜中の唸り声と歯ぎしりとなっていたと思われます。

                   今はどうか?

               できる程度の努力はしますが、
          家族は増え、社会での役割も増え、自分の限界も見え、
            できる程度がわかってきて、無理もしません。
          そのおかげで、嘘もあんまり必要がなくなってきました。

              朝の連ドラ「カーネーション」で
         イト子が「なんでも勉強や」とお父ちゃんに言われますが、
                彼女は全く耳に入りません。
           でも、ある朝そのことばがストンと胸におちます。
                 「ほんまやなあ~」

     「 こんなわたし 」の身の丈が受け入れられる瞬間ってあるんですよねえ。

               阿弥陀様、こんなわたしでも?

          あとは、「 ありがたいなあ 」だけなのですよね。
                
                   なんまんだぶ
              
             「安心してお任せ」のありがたいこと。

              頑固な寝言も歯ぎしりも治します。

    石頭(いしあたま)のおかげで久しぶりにいいことを思い出させていただきました。

                     ので、
     
    スヤスヤと寝る石頭(いしあたま)をまた胸に抱きなおし眠りについたのでした。

   

                

              


         

              

        
     

        


       

     
         


         

        

         






        










         

       
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-25 15:09 | Comments(0)

『さん』とつけます?

      本日は都筑区長徳寺様で連研が行われました。

          住職は法務で途中参加でしたが、

   西法寺から参加のAさんはお仕事の関係で間に合わなかったとか・・・

              残念です。


              ところで

      皆さまは「おかゆ」を普段どう呼ばれるでしょうか。

      そうです、病気した時とかにいただくあの「お粥」

          むかし同級生のY子ちゃんに

         「ええ~っ!なあちゃん(わたし)は
      『お粥』に『さん』ってつけると?おかしい~~!」

             って笑われました。


       食べ物に『さん』を付けるのは変だというのです。

  世界中の人が『お粥さん』と言ったら『お粥さん』と思っていた小学生のわたしは、

             プライドが傷つき、

           帰ってから父に聞きました。

  「お父さんY子ちゃんからお粥さんっていうのはおかしいって笑われたよ!

          なんでうちは『お粥さん』って言うと?」

            すると父は言いました。

      「お仏飯さんをお粥にしていただくやろ?だからお粥さん。

 ほんとは何にでも『さん』を付けんといかんくらいたくさんの命をいただいとるやろ?

         むかしは『様』だったのかもしれんぞ。

        それくらい、ありがたいこと ということさ。

         『さん』と付けておかしいことはない。」


        そういえば、お仏飯さん、お華束さん、お粥さん、

        仏さまのお下がり物はみんな『さん』付けでした。

       
       「ほお~~そんな意味があったんだ」と思ったわたし。


 その後、Y子ちゃんに偉そうに『さん』の意味を教えてやったのは言うまでもありません。


       
               今日はまだツワリのせいで
           ちゃんとした夕食を作れないわたしに代わって
                
                    住職が
           こどもたちに「オムライス」を作ってくれました。

              それもご丁寧に一人ずつ顔が違います。

                もちろん子供達は大喜び。

                   そして大笑い

  
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                わたしが体調がすぐれないと

             なんとなく家族のテンションが下がり気味。

              おいしさと笑顔を誘うこのオムライスも

              まさに『オムライス様』でございます。

         

                   なんまんだぶ
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-15 23:01 | Comments(0)

ぎゃははは・・・な日

              「結婚しましょ」

              「 いいよ 」

           「ぎゃはははははは・・・・・!」

              「 いやだよ 」

           「ぎゃははははは・・・・・・!」

           「ぎゃははははは・・・・・・!」

        
          保育園では今、結婚が流行っている模様。

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            「お母しゃん、結婚しましょ。」

        「ええ!ともちゃんお母さんと結婚してくれるの?」

              「うん、してくれる。」

    「うれしいねえ。じゃ、お母さんはお母さんだからともちゃんお父さんね。」

        「ええ~~!いやだあ~!ぎゃははははは・・・」


       
                おとなになると、

          毎日がおなじに思えることが多いけれど、

                こどもといると、

              昨日あった同じようなことは

            今日の同じようなこととは違うんだ。

        こんなに ぎゃはぎゃは お腹の底から笑える。
              
             似た1日の繰り返しの様だけど

              「 違う一日なんだなあ 」

                しみじみ思います。

          
           靴の中に砂をたっぷり入れながら帰って来たり、

        志村けんのバカ殿様が好きでおしっこがまんして見ていて、

            ついに間に合わず畳の上で漏らしたり、

        毎日同じような「ああ大変」が繰り返されてはおりますが、

            なんでもない同じような一日というものに

           しあわせとあんしんを感じられるようになって

                ちょっと嬉しくもあり。


                必ず救われる手の中で

         きょうもなんでもない一日が流れていきます。ように。

         
                  なんまんだぶ

       

  
       

          

          
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-13 12:08 | Comments(2)

香りとともに

      ひんやりとした空気と一緒にやさしい甘~い香りが漂います。

         いつもと違う方角から来ているなあと思い、

          庭をくんくんして回ると、見つけました。

        本堂の北側に桐蔭学園のグラウンドがありますが、

           その周りにりっぱな金木犀が数本

        オレンジ色のちいさな花をたくさんつけています。

          桐蔭学園の方が植えられたのでしょうか。

        借景(シャッケイ)ならぬ借香(シャッコウ)?

           香りもありがたいいただきものです。

  

           こんなカラッと気持ちの良い日には

        お散歩がてらいろんな方が訪ねて来てくださいます。

          はじめて来る方はこんな日が多いみたい。

          「坊守」というと留守番が多いですが、

            この留守番のたのしみの一つが

         こんな日の出会いとおしゃべりかもしれません。


             子供達は連休といっても
        どこかに連れて行ってあげることはできませんが、
            
            「うちが一番いいよねえ~~」

       と旅行から帰って来たばかりのおばちゃんのように
          渋いことを言ってホッとさせてくれます。

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  (山盛りのポップコーンを作って鷲掴みしながらっていうのも、ちょっと・・・ですが)

          

        今日見えた方は九州から5か月前に青葉区に来たご夫婦。

     
    奥様の 「いやあ~久しぶりに九州の話が通じてうれしい~!」 との言葉に

       わたし   「ああ~わかります、わかります!。その感じ。

              今度はぜひ住職のいる時にまた盛り上がりましょう。

              また遊びに来てくださいね!」

        知らない土地に来たばかりの頃の気持ちはよくわかります。

        
         いつも、またお会いできたらいいなあと願いつつ、

            初めての方とはお別れするのです。

         
         そして、知らない土地にも故郷のようにお寺があって、

               同じお念仏で手をあわせ、

          笑ってこころ開いて話ができる場所がありますよ、

           
           そんな風に伝わったらいいなと思うのです。













      
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-09 15:28 | Comments(0)

秋明菊に思い出す

           毎週大事そうにお花をかかえて

      山門をくぐってお寺に通ってくださった石田スマさん。

            通称 「 おスマさん。」

         佐賀で独身の頃のわたしのお花の先生です。

     花の名前は、この石田さんからほとんど教えて頂いたと思います。

   
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          今朝、庭に秋明菊(シュウメイギク)が

            咲いているのを見つけました。

        菊というけれどキク科ではないと教えて頂いたっけ。

   
          石田さん、今年百歳だったような・・・

          いつも毛筆で立派なお手紙を下さいますが。

     今回はわたしがお手紙にて近況報告(お腹のこと等々)をしないとなあ。


          若い時は看護婦で戦地へ従軍なさったとか。

           5人の息子さんと1人娘さんに恵まれ、

            50代後半からご主人の介護。

         少しでいいから自分の好きなお花を習いたいと

            週に一回だけの自分の時間

      ご主人にお許しを得て習い始められたのは60代になってから。
 
          免状を頂かれたのは70歳に近かったのでは。

            現在も石田さんを慕う方は多く、

               現役のお花の先生。


            ホントにがばいばあちゃんです。

       
               どんな困難な時も

          強く明るく生きてきたスマさんのことを

              思うと元気が出てきます。

            よくあちらのお寺、こちらのお寺、

             一緒にお聴聞に参りました。

                会いたいなあ。

   
           入れ歯のカクカクいう音も懐かしい・・・

   
   「ななみさん、今年もおかげさまで元気です。まだお浄土からお迎えがありません。」

         なんて、そんな文字を見るたびにホッとしてしまいます。

           今という時を大切にしたいなあと思います。


                なもあみだぶつ

           









    
      



























     
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-06 20:30 | Comments(0)

ご縁うれしや

   
        問い続けた人の掴んだ答えはシンプルで力強い。



   幸枝先生のご法話は、まさに シンプル イズ ベストでありました。

     「~みたいなあ。」「私的には~」のような曖昧さは皆無。

    ほんとかいな、と思うほどの病院での患者さんとのお念仏の会話は

     そのままわたしのハートもほかほかと温かくしていただきました。


   最近法話会の本堂には浄土真宗以外の方の姿も見られるようになりました。

        
        この度はご講師がお医者様ということもあり、

         お医者様も何名かいらしておられましたが。

         

            『なもあみだぶつ』のご縁に

         「違う宗派の方は違和感がないかしら?」

        なんていう私のおせっかいはいらないようです。

        
        『  安心して苦難の人生を旅しておいで。

           弥陀にまかせ、目先の日常に追われ、

             たとえ弥陀を忘れていても、

         いつもここにお念仏となってあなたに届いているよ。

         必ず阿弥陀仏と同じ仏さまに生まれさせるのだから

                安心しておいで。       』

 
         幸枝先生の言葉が阿弥陀様のお声のように聞こえます。

  
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          今回は法話中の写真を撮り忘れていました。

    (ご法話に集中して「ほ~~~ 」と口を開けて聞いていましたので・・・)

           ですので写真は法話会終了後の先生と

         残られた方々の茶話会&お念仏談義の熱いひととき。


                楽しかった。

            本当にありがとうございました。

             
                なもあみだぶつ










 


















      





     
     













    

     

         
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-03 20:36 | Comments(0)

宮崎幸枝先生が

      
      「あなたの人生の解決はどのようについていらっしゃるのですか?」

    
    7~8年前、龍谷教学会議の席でのパネリストだった宮崎幸枝先生の言葉。
        
      いつもは住職に送られてくるその冊子に目を通すことも無かったのに、
         なぜかそのときその公演記録に目が奪われました。

          宮崎先生はそのときもう一人のパネリストである、
        どこかの大学の先生に対してその問いをぶつけられました。

            その方のどこか人ごとめいた評論ぶりに

           「仏教は 私 抜きでは語れません!!」

             と仰りたかったのでしょうか?


         ただ、私はその時その言葉に大ショックを受けました。

      「人生の解決」という言葉に、この人は本気なんだ、と思いました。

     おまけに生死の際に立ちあうお医者様で大病院の理事長先生、すごい!!

  
                 それから数年、
           
          わたしにも難題がふりかかりどうにも解決できず
        悩みに悩んで、頭がおかしくなりそうな時期がありました。

            昨年、そこでわたしは住職に言いました。

       わたし   「お父さん、お医者様でお念仏を慶ぶ方はいらっしゃらないかなあ。
              わたしの話を聞いていただけないかなあ。」

       住職    「うう~ん そうだなあ、お医者さんねえ」


       わたし   「そうだ!わたし、あの宮崎先生に相談したいんだけど。
              連絡とってもらえない?」

            
        今思えば、ほんとに悩んで頭がおかしかったのかもしれません。
         
          が、ともかく住職が知り合いをたどってその数分後、

            あの宮崎先生と電話で話をすることができ、

          「明日、会いましょう。うちの近くまで来れます?」

              次の日、会う事になりました。


     目白駅で、初めてお会いする宮崎先生は優しいエネルギーのあふれる方でした。

           日頃は仕事柄聞き役になることが多い私ですが、

        気付くと3時間、吐き出すようにわたしの問題を話しました。


           不思議なことに宮崎先生の前で話をしていると

          自分の中で少しずつ結論がお念仏になってきます。

             途中、宮崎先生の眼からポロリと涙が、

     「よかったね、ななみさん。お念仏がとどいて下さっていてよかったねえ。」

            なんだか宮崎先生が阿弥陀様に見えました。

      
     「あ、そうか、ここにもう届いていて、このまなざしの中を生きているんだ。

           そのまんま、願いの中を生きていればいいんだ。」

          足元ばっかり気にして届いている光を忘れそうでした。

        


      富山県の方が自分にふりかかる難題を「御難題さま」とおっしゃいますが、

        まさにわたしにとってこの悩みは「御難題さま」でありました。

        改めて宝物に気付かせて頂いたありがたいご縁でありました。


   
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         「10月の法話会」のご講師はこの 宮崎幸枝先生です。

      先生の病院「みやざきホスピタル」は現実に「念仏のある病院」です。

      (詳しくは先生の著書『お浄土があってよかったね』をご覧ください)
          
  
         
         わたしもできることならこんな病院でお浄土に参りたい。

         そんな熱き念仏者のご法話を、どうぞどうぞおたのしみに。


          
         ・  10月2日(日)

          ・ 13時30分~ お勤め(みんなでお経をあげます)
  
          ・ 14時~    ご法話 (15時30分頃終了)


     
           わたしの体調もだいぶ落ち着きつつあります。

       ( でも、おなかがすいてくると「おえ~っ」となりますが・・・)

           あしたは楽しみに皆様をお待ちしております。

            きょうははりきってそうじ、そうじ!!
          

      
        

         


           

       
by shinwoyorokobu73 | 2011-10-01 13:02 | 行事 | Comments(0)