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それで じゅうぶん

横浜の公立学校は 夏休みは 昨日まで

今日から また学校が始まります


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我が家も今朝は 久しぶりの学校のリズムに ちょっと緊張した朝を迎えました。

きっと誰かが何か忘れ物はしているでしょうが、

まあ、 初日はたくさん荷物もあるし 勉強もまだ始まらないので

忘れ物があっても何とかするでしょう。







と 思っていたら「 お母さん ごめん! 今日帰ったら何でも手伝いするから学校まで送って 」 という次女・・・

まったく。

夏休み明け 初日からこんなこととは、情けない

仕方なく車を走らせて学校へ送ることにしました。

「 もう学校始まるんだから、夏休み気分は捨てなさいよ! 」

娘にぶつぶつ言いながら赤信号に止まって横断歩道を見ると、

黄色いランドセルカバーをつけた小さい男の子が トボトボと目の前を横切っていきます。

肩を落として目は伏せ気味で、ほんとうにトボトボと・・・

きっと小学校1年生です。





あれ? 今8時25分過ぎてるから、登校時間は過ぎている。

うちの智ちゃんなんか、30分以上前に学校行ったのに

遅刻なのにそんなにトボトボと歩いていたら、校門が閉まっちゃうよ

ああ、そうか、きっとこの子 お母さんから叱られて学校に行くんだろうな

ランドセルだけで 手には何も持ってないけど、

上履きは持っているのかな? 雑巾は? 帽子も被ってないね。

夏休みの宿題、終わってないんだろうな・・・

ショッボ~ンとしたその 小さくてひょろっとした男の子の後ろ姿を見て

キューンとしてしまいました。






青信号に代わって追い越してからも

気になってバックミラー越しに また見てみるけれども

相変わらず トボトボと肩を落として歩いています。

人生の終わりのような そんな顔しなさんな!

大丈夫、がんばれ!

怒られて、お友達に笑われても、ご飯食べなさい!

元気が出るから。





そう、言いたい気持ちでゆっくりと小学校の前を通りながら

またバックミラー越しに見ると 

小学校の事務員のおじさんが 笑いながら彼を手招きして待っていました。

ほっ 

よかったね。







子どもが元気で学校に行ってくれる

それだけで 十分ですねぇ。








うちの娘達

朝のお勤めは、お尻をたたかれながらも一緒に勤めて、

厳しい部活も、文句言わないで毎日頑張って

元気に学校へ行く。

これで十分かな。






朝から 文句言いながら運転しそうでしたが

黄色いランドセルの1年生の背中が

そんな私を諭してくれました。

今日は初日。

おいしいご飯を作りましょう。







皆さま、今日もまだ暑いですが

元気で頑張らせていただきましょう。



                                                       なもあみだぶつ










by shinwoyorokobu73 | 2017-08-29 14:02 | こんなこと | Comments(0)

『 やがて 』が

お盆が来る頃になると

毎年スイカを自転車に括り付けて

日に焼けて ひまわりみたいに笑う ご門徒のn沼のおじさんが

えっちらおっちら自転車を漕いでやってきます

ここに本堂ができてから毎年です




お盆が過ぎて ある日の朝

本堂には ご門徒のK山さんが来ておられて

信ちゃんに『 よい体験をプレゼントしたい 』と仰ってくださって

パンフレットを並べて 夏休みの旅の計画の確認をしておりました

「 『オオムラサキセンター』も行きたいねぇ。 美術館もあるし、釣りや化石堀りもあるし・・・

   2日では回れないねぇ。 」





頭の中がすっかり1週間後に飛んでいた その時、ピンポ~ン!

庫裏の玄関のインターホンが鳴りました

お盆も過ぎて、朝からお訪ねになる方も少ないのに誰でしょう?

玄関先にはいつものように大きな声のn沼さんがニコニコ立っていました





「 今年は雨ばっかりで今頃になってすいません。

  こんな身体になっちまって どうしようもねえや!

  奥さんこれ 仏さんに線香代を供えてください。 」





n沼さんはいつも私を「奥さん」と呼びます。

このおじさんと話していると「 奥さん 」でも「 おばちゃん 」でも

坊守さんじゃなくても 呼ばれ方は何でもいいか、と思います。

この日もいつものように突然やって来て 突然去るものと思って

自転車のところまで見送ろうと外に出ました。





でも、いつもと違う。

何が・・・と言っても・・・

いえ。 私はn沼さんを見た瞬間 異様を感じてはいたのです。

でも、n沼さんがいつも通りに大きな声で笑って帰ろうとなさるので それに合わせたのです。






「 俺もう、歩いてここまで来れねえや。」

「 ええ~! ここまで30分も自転車漕いで来る人が、何言ってんですか! 」

「 いやぁ、もう歩けねぇんですよ。 俺、ほら13年前に癌でこっちの目を取ったでしょ。

  その後肝臓にも癌が出来ちまって、3年前にそれも手術したんですよ。

  そいつがまた再発しちまってさ、オプジーボ あの高い抗癌剤打ってるからこの格好だ。」




そう、それまでのn沼さんは真っ黒に日焼けした人だったのに この時は肌が斑に白くなっていました。


「 今おいくつになられました? 」

「 今70だ 」


若い・・・

頭の中でドキドキと言葉を探しながら

いつもとあまり変わらぬ言葉を交わして 後ろ姿を見送ってしまいました。






後になって私の頭の中に

後生は?

「 お前さんの後生は大丈夫か? 

  人の生き死ににオロオロしていて、あんたの後生は解決しているのかい? 」

そんな声が聞こえてきました






n沼のおじさんは法話会にも滅多に来る人ではないのです。

だから、私はそんな人には仏法を伝えないと と心のどこかで思っていたけれど・・・

住職の書くお便りは 全部取っておいてよく読んでいらっしゃるご様子。

私の方がオロオロしているじゃないか!

一大事 一大事と聴きなれているのに その一大事を持ってきた人の眼を見て話せず 言葉を濁すとは・・・

私はいつも何をしよるとやろうか・・・何を聴きよるとやろうか・・・お念仏のご法義はお勉強ではなかろう?

n沼さんと次にお会いする時は、あの まだ見える方の眼を見て落ち着いて話そう






いや、

待てよ

そうだ、私がこうであるからこそのお救いか

こんな私だからこその

間に合わない私だからこその 間に合ったお救いか

あのn沼さんの眼差しは 私へのご催促でした

なんまんだぶ







お浄土が

遥か遠くにあるように思って 

よそ見をしながら 

今日も歩いている 

この私への 






ご教化に遇わせていただきました







『 坊守のやがて慶ばしき日々 』から

やがてが無くなって『 坊守の慶ばしき日々 』と自信をもって言える日はいつだろう

如来のお育ての手の上を 

見えるようで見えていない おぼつかない足取りなのに

安心して歩いています










                                                           なもあみだぶつ



by shinwoyorokobu73 | 2017-08-24 23:24 | こんなこと | Comments(0)

頭を下げてくれて ありがと

蒸し暑くて 家族はあまり食がすすみません

皆さまはいかがですか?



お寺の小さな畑にはトマトとピーマンとゴーヤが 生り始めています

実は小さくても自分で育てた野菜はおいしいものです

グリーンカレーにして野菜をたっぷり使いましょうか

なあんて、小さい子供たちは食べないので作ったこと無いのですが

この蒸し蒸しする夏の日には

最近流行りの苦辛酸っぱいサラッとしたグリーンカレーのようなものを食べたくなってきますね








今日のご法事では

初めてお参りした時は赤ちゃんだったのに

頼もしい小学生に成長した兄弟くん達が来てくれました

お兄ちゃんはもうじきお母さんの背を追い越しそうです





お母さんは、あなた達のおばあちゃんが亡くなってすぐにおじいちゃんと二人でお参りに見えたのですよ

まだ、その時は結婚もされていなくて可愛いお嬢さんだった

このお寺も まだお寺ではなくて鴨志田の『 青葉布教所 』と呼ばれていた頃で

我が家にも下の二人はまだ生まれておらず 4人家族の時でした

あなた達のおじいちゃんが 初めて西法寺(青葉布教所だった)に来たときには「 宗教は結局みんな同じですよね 」なんて言う人でした

おばあちゃんが亡くなるまでご法話を聴いたこともなかったそうですから、そう思っても仕方がなかったと思います

お寺を基本的に信用していない人でしたが

裏心の無い正直な方でしたから私は好きでした

(お寺が嫌いだったから お寺っぽく無い私たちの所を訪ねて見えたのですね)

あなた達のおじいちゃんが亡くなって

一人娘だったあなた達のお母さんは 両親がいなくなってしまいました

自分の家族がなくなるということは

本当に寂しく心細いことだろうと思います







今 ご法話が好きではなかったはずのおじいちゃんが

亡くなって釈○○と名を変えて 

あなた達家族を お寺に足を運ばさせて 

あなた達に 経を読ませ 仏の法に触れるご縁をくださっているということは

私にはとても不思議に思えます 

おじいちゃんが生まれて 生きて 死んでみせてくださり 

死した今は 仏さまとなって 

人間に生れて 生きて 死を迎えるということは 「 死んだらお終いではないのだ 」

ということを見せてくださっているようです








二人とも お父さんとお母さんのお育てのおかげで いつも 本当にまじめに住職の話しを聞いてくれますね

なので「 お家に帰って食べてね 」と

じゃがりことチョコのお菓子を お寺のおばちゃんから少しばかり手渡させてもらいました

お兄ちゃんは礼儀正しく「 ありがとうございます 」と答えてくれましたが

弟君はお菓子にくぎ付けで ありがとうございますなんて言う余裕もなく・・・^^








「 さようなら 水泳がんばってね 」

声をかけると お兄ちゃんは 「 はい 」と返事

弟君はそのままお菓子の袋を胸に抱いて そそくさと出る所を

「 ハッ 」と思い返して振り返り 

足をそろえて坊主頭のてっぺんを見せながら 嬉しそうにお辞儀をして出ていきました







お兄ちゃんは あんまり失敗はしないだろうなぁ

弟君は 失敗は 結構するんだろうなぁ

でも きっと たくさんの人に愛されるだろうなぁ







二人とも 今日はお参りしてくれてありがとう

お菓子をよろこんでくれてありがとう

またね




                                                   なもあみだぶつ 






by shinwoyorokobu73 | 2017-08-02 14:33 | こんなこと | Comments(0)

昔シェアハウス

きのうは雨

空梅雨を心配していた 天気予報士さん 農家のみなさん 私も

まさか! びっくりするくらいの横殴りの雨でした 

おかげで 水が足りずにしんなり首を垂れかけていた紫陽花も

今日はいきいきと上を向いています

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最近 シェア シェア と 

何でも分け合うことは かっこいいように言われているようです

先だっても 「 わたし マンションの部屋をシェアしてるんです 」

得意気にいう大学生の女の子に出会いました

たしかに 「 いっしょに住んでます 」 では 

真っすぐ過ぎて ちょっとかっこわるい気もします




その後 朝のTVで 下宿屋さんが出ているのを見て「!」

そうだ、下宿屋さんは シェアハウスじゃないの?




私は学生時代2年間寮生活をしました

全国から百数十人の学生が集まり 一緒に暮らす大きな学生寮

思い返すと あれも 大きな大きなシェアハウスだったなと思います





先日 ある学校の学園長先生とお話しをしている時に

「 今の学生に寮生活というのは可哀想な気もしますけど

  自分と違う生活環境で育ってきた他人と生活する寮生活は 

  かけがえのない経験を得られるんですけどねぇ 」

そう仰るので 

「 寮生活って今流行りのシェアハウスみたいなものじゃないですか? 」

と私が言うと

「 今の人たちは 某政治家ではないですけど

  自分と同じような考え方のお友達としか

  仲良くできない人が多くなっているようですよ

  シェアしたいのは 仲良しとだけですよ 

  そう考えると やはり学生寮は流行りのシェアハウスでは無いでしょうねぇ 」



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子どもたちが ときどき 「 これ 常識だよ! 」

と言われたと 驚いて帰ってくることがあります

彼女 彼等の言う常識とはどんな事か 聞いてみると

「 これ 常識だよ! 」と思っていることは

私からしたら はっきり言ってそちらが非常識 若しくは 知識不足




高校生になったキョウちゃんが 小学校3年生の時

「 血液型はA、B、O、AB型あるけど

  私はお母さんがO型だからBO型なんだ 」

とお友達に言ったら「 そんな血液型は無いよ 」って笑われたことがあります

我が家はすべての血液型の人間がいるので

たまたまキョウちゃんはAO型 BO型を知っていたのですが

子どもたちは なんで「 自分が間違っているかも 」 「 へえ~そんなのもあるんだ 」

と思わないんだろう?

不思議に思ったものです




寮での生活は

姫路の人 神戸の人 大分の人 福井の人 熊本の人 山口の人 徳島の人 香川の人・・・

いろんな子と一緒でした

関西 九州 北陸 四国等々・・・

確かに スピードも考え方や習慣も違う人間が一堂に暮らすというのは

簡単ではありませんでした

反りの合わない人も居ます

女同士ですから 必ず マウンティング合戦もあります

4年間ずっと寮の主のように住み続ける大先輩もいらっしゃいました

身長180センチのバレーボーラーが部屋の小さな椅子に腰かけて

机に頭を垂れて 背中を丸めて鼻をすすっていた時はドキッとしましたが、

手元には漫画本が・・・ 

少女マンガを読んでボロ泣きの大きな彼女に ガクッときたり

笑い話の方もいっぱいでした

   「 へえ~そんな事が普通な所があるんだ 」

    「 え!? これって普通じゃないですか? 」 の連続の日々

カップラーメンをみんなで食べる時に 作り方を呼んでいたら

みんなに注目され 

    「 この子ってカップラーメン食べたこと無いん?!! 」

と びっくりされたり^^

思い込みの小さなガラスの箱の中から 世界を見ていた私にとっては

そのガラスがバリバリと破れていく日々は快感でした




私の寮生活は あの子どもたちのように「 常識 」と思っていたことが

小さな自分の頭の中の妄想なんだと

狭~い井の中の蛙だったと知る 良い経験だったと思うのです

後に日本以外に暮らす人達とご縁が出来た時にもそう思ったものです

 


そう思いつつ・・・

最近はいろんな経験から

合う 合わない 必要 不必要 いる いらない 良い 悪い

見もしない 感じもしない 知りもしないうちから頭で決めてかかりがちになっています

「 それ 常識だよ! 」と同じ頭に成っていることに気が付いて

ドッキリ・・・




楽だからと 自分と同じ考え 好みの人、

知ってる人とだけしか付き合わないのは

どうなんでしょうねぇ

ガラスの壁って またできるものなのですね

それは 本当の風に吹かれる機会を

みすみす逃しているのかも・・・

ちょっと反省です




                               なもあみだぶつ




         


  




  
  













 

by shinwoyorokobu73 | 2017-06-22 15:39 | こんなこと | Comments(0)

「 そうじゃないだろう 」 に支えられて


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10数年になる




その男性は 

「 建築って言うのは 

  信頼っていう 心意気(いき) 若しくは粋(いき)で建つんです

  信頼関係の持てない人と仕事はできません 」

と言って

住職が設計費用を振り込んだ次の日に

私たちのお寺の建築の設計監督業務を放棄した

「 途中で仕事をほっぽり出す?

  言ってることと やってることが違うじゃないか!

  信頼 カ ン ケ イ は お互いでしょうが 」 

そう私は思った

そもそも、工務店さんは私たちが紹介してお願いした所だったから

その後は やはり大変だったものの

なんとか この本堂も庫裏も無事に建てていただくことができたのだが







「 最終確認図面見ました。本堂の柱は八寸でお願いしていましたよね。

  何で この図面では 四寸になっているんですか?

  予定通り八寸の柱に戻してください 

  四寸だと普通の住宅のような感じになってしまいます 」



( 小さく 小さく書いてあった

  設計図面の本堂の柱の寸法を住職は見逃さなかった )



そう住職がメールを送ったことで彼は なぜか キレた・・・


〈 そもそもこの低予算で俺はあんたたちの設計を引き受けてやったんだ!

  建物の強度は四寸で十分なんだよ

  いちいち いちいち僕の設計にケチつけてきて、やってられるか!

  寺 寺って 何もやって無いくせに偉そうに 〉

という気持ちが 彼や彼を紹介した方にはあったように思う




(本堂の柱のお金が足りないなら 私たちの住み家(庫裏)の予算を削ればいいと
 伝えていたけれど 

 材木会社の社長は「お寺の柱にいいかげんな物は入れられない必ず用意します」と
 言ってくださっていた、八寸の柱は少し時間がかかったけれど準備していただいたけれど)




思えば

私たちの要求は あの時の彼には荷が重すぎた

 「日本建築の木の組み方を 設計図面に詳しく書くことは難しいし

  八寸の木の組み方なんて大学出てちょっとの人は知らないよ

  実際 建てるのは大工ですよ」

  とは後に 建築のプロにお聞きして知ったことだった

私たちはあの時 そのことをわかっていなかった

それを認めて受け入れるには 彼も若かった 






あの時一番私を納得させたのは

「 お互いに初めて会って 

  信用できない者同士が大金を掛けて仕事するんです

  だから契約書を交わすんですよ

  信用で仕事に成るんだったら

  契約書なんて無しで仕事してみたらいいんですよ 

  『 お代は完成した後で結構です 』 って

  そういう人なら 信用できる 」

という 最後まで建築の責任を負ってくれた 工務店社長の言葉だった

設計士の信用は 最後まで施主に向き合い完成させるという プロの仕事じゃないか?

じゃあ 僧侶の信用は? 伝える法による人の安心と満足?

あの時は「 信用(信頼関係)って何だ? 」と本当に真剣に考えさせてもらった








今朝は テレビに 

被災地を長期で支援している方が出ていらした

解体する家の方に断って いらない物を貰って(例えばキッチンや洗面台など)

他の 家が倒壊して困っている方に 必要であれば持っていく 等活動されているそうだ

「 物を盗っていくんじゃないか とか 嫌なこと言われたりしませんか? 」

と質問があった  

彼は 「 ああ、それは しょっちゅうですよ。 

     最初はどこも このひげ面がいきなり『手伝います』って行くもんだから

     『こいつ 大丈夫か?』っていう目で見られますよ 

     でも、当然だって思ってるんで

     『どうぞ疑ってください』と思ってやってるんです 」

と、笑顔で答えていた







その彼の言葉に 「 そうだ! 」

私の記憶のチャンネルが10数年前のあの時に戻って

思わず ぼろぼろ ぼろぼろと

あの時感じた思いが こぼれてきたのでした






わたし達もお寺を建ててから 幾度となく

「 ここ、本当にお寺? 」

「 地図(看板、チラシ)を見て来たんですけど、これ?・・・」

という疑いや、落胆、侮蔑の色を顕わに帰って行く人もあったけれど

その度に やっぱり テレビの被災地支援の彼が言ったように思ったものでした





「 そりゃ疑うのは当然 『お寺なんて新しく出来るの?』と思うだろうし、

  この建物はいわゆる 『大きな境内地の 瓦屋根の大伽藍』じゃないしね 

  私だったら 相当疑うわ 」





税務署の人にだって「 お寺って新しくできることってあるんですか? 」と訊かれたし

信頼関係なんて一朝一夕には生まれないのは経験済み






しかし

縁もゆかりも無い土地に

土地を求め 

寺の建物を建てるということは

何千万円では済まないお金を 只一人 ここの住職が負うということ 

建物のその後に 責任を持って生きていくのは私たちだった

責任は設計士は負わない

ここに 全てのご縁の最初を築くのだから

ここから私たちと これから出会う人たちの

信頼関係が生まれていくのだから

本堂だけは妥協できなかった

嫌なものは 嫌なのだ

ダメな物は ダメなのだ

誰かの顔色をうかがって妥協できる話ではなかった

その若い設計士を紹介した人は 

いわゆる 善い人で

私から事情を聞いて 

「 そんな風に思ったら建物がかわいそうですよ 」 

と言った

その時 私はその善い人に 「 ふざけるな 」 と思ったのだった






私の 信用というのは 他人がすること

この私がどうこうできることじゃない

「 信用してください 」

なんて最初から自分で口にする人を

あの時から 私は信用しないようになった






おかげで

「 西法寺 」の看板をあげてから

私たちを 信用してほしいとか

分かって欲しいとか

思わないでやってこれた気がする






私の『 信用 』は 他人さんがすること

私が何かできるもんじゃない

私たちに出来ることは 

やるべきことをやり 伝えるべきことを伝えること

やりっぱなし

伝えっぱなし

そうあってこそ

そう思われる

私もそう思ったのだから

他人もそうであるに違いない






そう思うと

ここに 何かを感じて集まって来てくださる皆さんは

私たちのやり方を信用してくださっています

住職の伝えることに頷いてくださいます

とてもありがたいことに思えます

信用や信頼関係について

『 そうじゃないだろう? 』と感じた あの日の体験があったればこそ

それとは反対のやり方を 手探りできてきたことになります






今は 初めて本堂に入って来る人が

「 何だか とても気持ちがいい本堂ですねぇ

  やさしい気持ちになりますねぇ 」

と言ってくださいます

住職も私も言わないけれど 

『それはですね』 と心の中で思うのです

そして、

10数年前は白かったけれど 

うっすら赤く変わってきた

私たちの 意地と信念の結晶のような 八寸の尾州檜の柱を撫でながら

あの 正直だったけれども 

とても失礼で 乱暴で 粗削りな私たちの 

あんな風にしか出来なかった 人との関わり様を

恥ずかしく 懐かしく 愛おしく

また、とてもありがたい経験だったと思い出すのです







今も あの時のように 私には はっきりと見えていないことの方が多いでしょう

でも やっぱり今日も

一生懸命に手探りしながら 

「これでいいのだ」と

時を重ねています

いろんな人に いろんな形でお相手していただきながら








                             なもあみだぶつ





























by shinwoyorokobu73 | 2017-02-18 11:54 | こんなこと | Comments(2)

終わりが始まりの季節

明後日には都心でも雪が降るかも

と言われていますが・・・

昨日 今日の昼間は まるで春のよう

ついつい外の片づけに力が入ります

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細い針金みたいだった雪柳の枝に

ぷっくりぷっくり ちいさな芽が春の準備




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猫の額ほどの裏の菜園には

わさわさと 実家の母から送ってもらった水菜がおいしそう!

お腹を空かせた鳥たちが

あっという間に食べちゃうので

人間の分には網をかけてブロック



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あまりにも雨が降らないので

住職が水やりを始めたら

にょきにょき葉っぱを増やし始めたケール

ジュースにして 血液サラサラ



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美味しそうな葉っぱを狙うのは

カメラ目線のこの子たち

人間と鳥たちの 葉っぱの争奪戦

でも、ときどきはミカンを差し入れたりして

人間も鳥のご機嫌鳥(取り)




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ちょこっと残っていた

ツワブキの花が ふさふさの種になっていました

終わりと始まりが一緒にがんばっています





諸行無常と聴くと

何だか寂しさを感じますが

暗い方へも 明るい方へも

たえず変化するこの日常が

まさに その中にありますね





来月は卒業シーズン

終わりと始まりの始まり

我が家は 

うっすら積もった冬の間の埃を

そろそろ終わりにしなくっちゃね






                              なもあみだぶつ







by shinwoyorokobu73 | 2017-02-07 15:57 | こんなこと | Comments(0)

ご法座を終え

今年も 報恩講をお勤めさせていただきました

多くのおかげさまです

福田先生 ご遠方を本当にありがとうございました

迫力のお説教は 皆さん驚きのようでした


私、また失敗してお写真を撮り忘れてしまいました

勿体無いことです

この度は 10数名の方が体調不良でお参りできないと

ご連絡いただいておりました



しかし、初めてお説教というものを体験するというご夫婦や

下は2歳7歳から上は86歳97歳まで

幅広い年齢層のお同行(どうぎょう)のお参りがあって

思いの外 賑やかなご法座となりました

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この度の報恩講の準備には

シンちゃんも強力なお同行予備軍として

お手伝い参加させていただいていたのですが、

ご法話中には お参りの子どもたちと嬉しすぎて騒いでしまって

申し訳ありませんでした

今後 よく言い聞かせていきたいと反省しきりでございます



ただ、お参りに連れて来てくださった子供たちに関しては

どうぞ、皆さま寛容なお心で 

長い目で次のお同行が育っていきますことを願ってお許しくださいませ

小一時間も車に揺られておじいちゃんやおばあちゃん達とお参りしてくれた

とても偉いお子達です

あと1~2年もすれば騒がなくなります

それよりも、小さな今 ご法座に来てくれて

ここが ご法座が 居心地の良い所だと

身体で覚えていてくれたら、

大きくなって必ずぶつかる難題に押しつぶされることなく

仏法に聴きながら しなやかに生きることが出来ていってくれると思うのです

どうぞ皆さま 小さな子供たちを 宜しくお育て下さいませ


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報恩講の前日に 西法寺の近くに引っ越して来られて

「 まだ、家の中は段ボール箱に埋まっています 」

と仰っていたUさんご夫妻。

まさか まさか そんな大忙しの所を 老人ホームからお母様をお連れになって

ご法話のご縁に遇ってくださるとは夢にも思っておりませんでした。

夏頃にお寺を探して 初めて西法寺にお出でになって以来

ずっとお会いしていませんでしたから

「 うちのお寺は階段があるものね・・・

   バリアフリーじゃ無いからねぇ・・・

   きっと よそのお寺になさったんだろうねぇ 」

と住職とも話していたのです

結局 この度ご高齢のお母様には

庫裏の玄関から台所を通っていただくことになりました・・・

ご不便をおかけいたしましたが

ようこそ ようこそ!



ご夫婦でお参りのYさんも!

初めてのご縁に ようこそ ようこそ

これから たくさんお会いして

たくさん話しをいたしましょう

住職にもどんどんいろんなことをお聴き下さいね



この度福田先生が 「 全てのものはつながっている 」とお話しくださいました

そのことで 私の最近の気づきと発見がありましたが

ここで書くには時間がかかりそうですので

また 次回にさせていただきます

おかげさまで          

                               

                               なもあみだぶつ































by shinwoyorokobu73 | 2016-11-30 00:01 | こんなこと | Comments(0)

徒然なる時に

4日間 秋休みだった娘が

久しぶりの登校日を迎えるということで

「 どうか明日の朝 台風警報が出ますように 」と

アホな願いを呪文のように唱えて眠りについていましたが、

そんな不届きな願いなど叶うはずはなく

今朝はトボトボと登校して行きました。

まったくもう・・・

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わたしは本当のことの中で

本当のことに向かって生きているのでしょうねぇ

嘘みたいなホントのことも本当のことでしょうし、

「 うそじゃないです 」と言って嘘をつき、

優しそうな顔でコワいこともする。

コワい顔したおじさんもおばさんも

『時には』優しいこともする。

『時には』凄いこともする。

『時には』なのに 人からは

『いつも』優しいと思われたい。

『ずっと』凄いと言われたい。

ああ、バカな 

え? それって わたし?

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小さい頃

「 臨時休校になりますように 」

娘と同じようにアホなお願いを真剣に阿弥陀様にしておりましたが

阿弥陀様はそんなアホは放っておかれました

そんなアホも だんだん

「 ああそうか、こんなことをお願いするのはアホだな 」 と気が付いてくるのですが・・・

口に出すとアホと思われるに違いないから

口には出さないでおこう

といった程度のこと


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昨日シンちゃんは

テレビで 笊にきれいに並べられている魚を見ながら

「 このお魚は生きてるの? 」 と訊きました

「 いや、死んでいるよ 」 と私が言うと

「 え?!! だって 『 目 』開けてるじゃん!! 」

お魚は瞬きしない・・・ 

お魚は死んでも目を閉じないという本当のことを知った

シンちゃんには驚愕の瞬間だったのでした





自分の勘違いを臆することなく口に出して

ホントのことを知らされて

びっくり仰天するシンちゃん

アホみたいな願いを真剣に思いながら眠りにつく娘

なぜだか 羨ましいことだ





                                   なもあみだぶつ








































by shinwoyorokobu73 | 2016-10-05 14:53 | こんなこと | Comments(0)

はたらく ということ

「 お母さんは ぼんやりしてるよね 」

一昨日 少し雨が降ったらありがたいね と空を見ながら言っていたら

子どもたちから言われました

台風の影響の雨と知らず 

そんなことを言っていたもので・・・

ほんとうに ぼんやりです





「 西村さん LINE やってますか? 」と

最近よく各こどものクラスのお母さん達から訊かれるのですが

「 あ、わたしLINEやらないのよ ごめんね  連絡はメールでお願いできる? 」

時代遅れですがこう答えます

わたしは 人と話すのは好きなのですが

いつも いつも 誰かと繋がりっぱなしというのは

とても疲れるタイプなのです

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今 朝のドラマでは花森安治さんや大橋鎮子さんがとりあげられています

じっくりと考えて 自分の中から

言葉やアイデアが浮き上がって形が見えるまで  動かない

でも これしか無いという 求めるものが見つかると

覚悟をもって その事に当たる





『 暮らしの手帖 』という雑誌が 

こんな人たちによってこのように作られていたなんて

全く知りませんでした

わたしもこの雑誌には だいぶ お世話になってたんですけど・・・

広告を載せない という決意の重大さ

しがらみに囚われないで 伝えるべきことを伝えるという 勇気

葛藤をかさねた時を経て 

今の 姿があるのですね



わたしも じぶん達が形の無い所から

形ある場所を 作り出すことを始めるまでは 

なんのこっちゃ わかりませんでした

おかげさまで 今は 

少しはそのことが わかるように ならせていただきました

危なげなくお金を稼ぐ仕事をするか それと戦うかの 迷い

理想を追うと決めても それに伴う時間と労力のこと 

そしてそうまでしても評価を受けるかどうかわからない 不安

人から反発を受けるであろうことに立ち向かう勇気

内に問いながら 歩を進める日々の奮い立つ思い 




また 今晩は TVの『カンブリア宮殿』で

『群言堂』という衣服を扱う会社が取り上げられます

こちらも 時代や人の流れに簡単に乗らない派 の会社です

わたし ここの洋服 好きなんです

(そんなに 持っていませんけど)

この会社に移築された鄙舎(ひなや)という古民家は 

広島の世羅郡にあった真宗のご門徒の古いお宅を移築して再生なさっています

この方たちの会社も暮らしの手帖社と似ているように思います






働くとか仕事ということで 突然思い出したのですが

むかし、見合いの時に

「 結婚にどんなイメージを持っているか? 」

唐突に ドストレートに訊かれました

「 同じ方向を向いて生きていくこと・・・かなぁ 」

と応えると

「 ぼやっとしたイメージだな。 絵は無いの? 」

「 は? 絵? じゃあ あなたのイメージは? 」

と訊くと

「 八百屋のおじちゃん と おばちゃん みたいな 」

と その後私の夫となってくれた彼は言いました

たぶん日々を ともに汗かき 泣いて笑ってケンカして

生きる 相棒みたいな感じを言いたかったのでしょうかね

その時 わたしも いいね と思ったものです






わたし達も 会社ではありませんが

これらの会社と同じように

この場所を

今 ゆっくりと作っている途中です

働く とか 仕事 という意識と似ています






毎日 ご飯をいただくときに

「 おかげで いただきます 」

と言える日々は 仕合わせだと思います

彼女 彼らもそうなのだろう と思います

仕事や働くということは

お金を稼ぐため だけではなくて

その 「 おかげ 」を知るためにも大切なことですね












                                       なもあみだぶつ








































 















by shinwoyorokobu73 | 2016-08-18 21:32 | こんなこと | Comments(0)

お盆明け  日 照る朝   雨 降る夕

お盆が終わって残りの夏休みというのは

子どもの頃からなんだか 寂しいものでした

  カナカナ カナカナ
            カナカナ カナカナ
        カナカナ
                   カナカナカナカナ    カナカナ カナカナ


あの鳴き声はヒグラシ? これがまたこの時期の雰囲気を盛り上げる・・・

夏の疲れか あんまりご飯も作りたくない食べたくない

でもねぇ、今 ケアしないと身体を壊すので

いろいろと 工夫を凝らしながら 食べてもらわないといけません

困った 困った

みなさまは この時期どんな食卓を囲んでいらっしゃるんでしょう

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福岡土産にいただいた 明太子がわずかに残っていた昼

パスタに畑のトマトや紫蘇を 盛り盛り

おかげさまで 美味しい一食




今朝はオリンピック卓球男子の快進撃で

元気がでてきました!

夕餉までは しっかり頑張れそうですわ




ともちゃんとフィールドアスレチックで汗を流し

残りの宿題をすませましょう

今日は暑すぎて 日が高い間は外掃除はできそうもありません×××

今日お寺へお見えの方は 少し枯葉がありますが

夕方に掃きますのでお許しください

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今夜は雨の予報がでています

この辺りは久しぶりなので 待たれます

動くもよし 食べるもよし 考えるもよし 寝るもよし


どうぞ よい一日を





                                  なもあみだぶつ


































by shinwoyorokobu73 | 2016-08-16 12:03 | こんなこと | Comments(0)