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「 そうじゃないだろう 」 に支えられて


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10数年になる




その男性は 

「 建築って言うのは 

  信頼っていう 心意気(いき) 若しくは粋(いき)で建つんです

  信頼関係の持てない人と仕事はできません 」

と言って

住職が設計費用を振り込んだ次の日に

私たちのお寺の建築の設計監督業務を放棄した

「 途中で仕事をほっぽり出す?

  言ってることと やってることが違うじゃないか!

  信頼 カ ン ケ イ は お互いでしょうが 」 

そう私は思った

そもそも、工務店さんは私たちが紹介してお願いした所だったから

その後は やはり大変だったものの

なんとか この本堂も庫裏も無事に建てていただくことができたのだが







「 最終確認図面見ました。本堂の柱は八寸でお願いしていましたよね。

  何で この図面では 四寸になっているんですか?

  予定通り八寸の柱に戻してください 

  四寸だと普通の住宅のような感じになってしまいます 」



( 小さく 小さく書いてあった

  設計図面の本堂の柱の寸法を住職は見逃さなかった )



そう住職がメールを送ったことで彼は なぜか キレた・・・


〈 そもそもこの低予算で俺はあんたたちの設計を引き受けてやったんだ!

  建物の強度は四寸で十分なんだよ

  いちいち いちいち僕の設計にケチつけてきて、やってられるか!

  寺 寺って 何もやって無いくせに偉そうに 〉

という気持ちが 彼や彼を紹介した方にはあったように思う




(本堂の柱のお金が足りないなら 私たちの住み家(庫裏)の予算を削ればいいと
 伝えていたけれど 

 材木会社の社長は「お寺の柱にいいかげんな物は入れられない必ず用意します」と
 言ってくださっていた、八寸の柱は少し時間がかかったけれど準備していただいたけれど)




思えば

私たちの要求は あの時の彼には荷が重すぎた

 「日本建築の木の組み方を 設計図面に詳しく書くことは難しいし

  八寸の木の組み方なんて大学出てちょっとの人は知らないよ

  実際 建てるのは大工ですよ」

  とは後に 建築のプロにお聞きして知ったことだった

私たちはあの時 そのことをわかっていなかった

それを認めて受け入れるには 彼も若かった 






あの時一番私を納得させたのは

「 お互いに初めて会って 

  信用できない者同士が大金を掛けて仕事するんです

  だから契約書を交わすんですよ

  信用で仕事に成るんだったら

  契約書なんて無しで仕事してみたらいいんですよ 

  『 お代は完成した後で結構です 』 って

  そういう人なら 信用できる 」

という 最後まで建築の責任を負ってくれた 工務店社長の言葉だった

設計士の信用は 最後まで施主に向き合い完成させるという プロの仕事じゃないか?

じゃあ 僧侶の信用は? 伝える法による人の安心と満足?

あの時は「 信用(信頼関係)って何だ? 」と本当に真剣に考えさせてもらった








今朝は テレビに 

被災地を長期で支援している方が出ていらした

解体する家の方に断って いらない物を貰って(例えばキッチンや洗面台など)

他の 家が倒壊して困っている方に 必要であれば持っていく 等活動されているそうだ

「 物を盗っていくんじゃないか とか 嫌なこと言われたりしませんか? 」

と質問があった  

彼は 「 ああ、それは しょっちゅうですよ。 

     最初はどこも このひげ面がいきなり『手伝います』って行くもんだから

     『こいつ 大丈夫か?』っていう目で見られますよ 

     でも、当然だって思ってるんで

     『どうぞ疑ってください』と思ってやってるんです 」

と、笑顔で答えていた







その彼の言葉に 「 そうだ! 」

私の記憶のチャンネルが10数年前のあの時に戻って

思わず ぼろぼろ ぼろぼろと

あの時感じた思いが こぼれてきたのでした






わたし達もお寺を建ててから 幾度となく

「 ここ、本当にお寺? 」

「 地図(看板、チラシ)を見て来たんですけど、これ?・・・」

という疑いや、落胆、侮蔑の色を顕わに帰って行く人もあったけれど

その度に やっぱり テレビの被災地支援の彼が言ったように思ったものでした





「 そりゃ疑うのは当然 『お寺なんて新しく出来るの?』と思うだろうし、

  この建物はいわゆる 『大きな境内地の 瓦屋根の大伽藍』じゃないしね 

  私だったら 相当疑うわ 」





税務署の人にだって「 お寺って新しくできることってあるんですか? 」と訊かれたし

信頼関係なんて一朝一夕には生まれないのは経験済み






しかし

縁もゆかりも無い土地に

土地を求め 

寺の建物を建てるということは

何千万円では済まないお金を 只一人 ここの住職が負うということ 

建物のその後に 責任を持って生きていくのは私たちだった

責任は設計士は負わない

ここに 全てのご縁の最初を築くのだから

ここから私たちと これから出会う人たちの

信頼関係が生まれていくのだから

本堂だけは妥協できなかった

嫌なものは 嫌なのだ

ダメな物は ダメなのだ

誰かの顔色をうかがって妥協できる話ではなかった

その若い設計士を紹介した人は 

いわゆる 善い人で

私から事情を聞いて 

「 そんな風に思ったら建物がかわいそうですよ 」 

と言った

その時 私はその善い人に 「 ふざけるな 」 と思ったのだった






私の 信用というのは 他人がすること

この私がどうこうできることじゃない

「 信用してください 」

なんて最初から自分で口にする人を

あの時から 私は信用しないようになった






おかげで

「 西法寺 」の看板をあげてから

私たちを 信用してほしいとか

分かって欲しいとか

思わないでやってこれた気がする






私の『 信用 』は 他人さんがすること

私が何かできるもんじゃない

私たちに出来ることは 

やるべきことをやり 伝えるべきことを伝えること

やりっぱなし

伝えっぱなし

そうあってこそ

そう思われる

私もそう思ったのだから

他人もそうであるに違いない






そう思うと

ここに 何かを感じて集まって来てくださる皆さんは

私たちのやり方を信用してくださっています

住職の伝えることに頷いてくださいます

とてもありがたいことに思えます

信用や信頼関係について

『 そうじゃないだろう? 』と感じた あの日の体験があったればこそ

それとは反対のやり方を 手探りできてきたことになります






今は 初めて本堂に入って来る人が

「 何だか とても気持ちがいい本堂ですねぇ

  やさしい気持ちになりますねぇ 」

と言ってくださいます

住職も私も言わないけれど 

『それはですね』 と心の中で思うのです

そして、

10数年前は白かったけれど 

うっすら赤く変わってきた

私たちの 意地と信念の結晶のような 八寸の尾州檜の柱を撫でながら

あの 正直だったけれども 

とても失礼で 乱暴で 粗削りな私たちの 

あんな風にしか出来なかった 人との関わり様を

恥ずかしく 懐かしく 愛おしく

また、とてもありがたい経験だったと思い出すのです







今も あの時のように 私には はっきりと見えていないことの方が多いでしょう

でも やっぱり今日も

一生懸命に手探りしながら 

「これでいいのだ」と

時を重ねています

いろんな人に いろんな形でお相手していただきながら








                             なもあみだぶつ





























by shinwoyorokobu73 | 2017-02-18 11:54 | こんなこと | Comments(2)

終わりが始まりの季節

明後日には都心でも雪が降るかも

と言われていますが・・・

昨日 今日の昼間は まるで春のよう

ついつい外の片づけに力が入ります

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細い針金みたいだった雪柳の枝に

ぷっくりぷっくり ちいさな芽が春の準備




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猫の額ほどの裏の菜園には

わさわさと 実家の母から送ってもらった水菜がおいしそう!

お腹を空かせた鳥たちが

あっという間に食べちゃうので

人間の分には網をかけてブロック



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あまりにも雨が降らないので

住職が水やりを始めたら

にょきにょき葉っぱを増やし始めたケール

ジュースにして 血液サラサラ



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美味しそうな葉っぱを狙うのは

カメラ目線のこの子たち

人間と鳥たちの 葉っぱの争奪戦

でも、ときどきはミカンを差し入れたりして

人間も鳥のご機嫌鳥(取り)




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ちょこっと残っていた

ツワブキの花が ふさふさの種になっていました

終わりと始まりが一緒にがんばっています





諸行無常と聴くと

何だか寂しさを感じますが

暗い方へも 明るい方へも

たえず変化するこの日常が

まさに その中にありますね





来月は卒業シーズン

終わりと始まりの始まり

我が家は 

うっすら積もった冬の間の埃を

そろそろ終わりにしなくっちゃね






                              なもあみだぶつ







by shinwoyorokobu73 | 2017-02-07 15:57 | こんなこと | Comments(0)

ご法座を終え

今年も 報恩講をお勤めさせていただきました

多くのおかげさまです

福田先生 ご遠方を本当にありがとうございました

迫力のお説教は 皆さん驚きのようでした


私、また失敗してお写真を撮り忘れてしまいました

勿体無いことです

この度は 10数名の方が体調不良でお参りできないと

ご連絡いただいておりました



しかし、初めてお説教というものを体験するというご夫婦や

下は2歳7歳から上は86歳97歳まで

幅広い年齢層のお同行(どうぎょう)のお参りがあって

思いの外 賑やかなご法座となりました

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この度の報恩講の準備には

シンちゃんも強力なお同行予備軍として

お手伝い参加させていただいていたのですが、

ご法話中には お参りの子どもたちと嬉しすぎて騒いでしまって

申し訳ありませんでした

今後 よく言い聞かせていきたいと反省しきりでございます



ただ、お参りに連れて来てくださった子供たちに関しては

どうぞ、皆さま寛容なお心で 

長い目で次のお同行が育っていきますことを願ってお許しくださいませ

小一時間も車に揺られておじいちゃんやおばあちゃん達とお参りしてくれた

とても偉いお子達です

あと1~2年もすれば騒がなくなります

それよりも、小さな今 ご法座に来てくれて

ここが ご法座が 居心地の良い所だと

身体で覚えていてくれたら、

大きくなって必ずぶつかる難題に押しつぶされることなく

仏法に聴きながら しなやかに生きることが出来ていってくれると思うのです

どうぞ皆さま 小さな子供たちを 宜しくお育て下さいませ


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報恩講の前日に 西法寺の近くに引っ越して来られて

「 まだ、家の中は段ボール箱に埋まっています 」

と仰っていたUさんご夫妻。

まさか まさか そんな大忙しの所を 老人ホームからお母様をお連れになって

ご法話のご縁に遇ってくださるとは夢にも思っておりませんでした。

夏頃にお寺を探して 初めて西法寺にお出でになって以来

ずっとお会いしていませんでしたから

「 うちのお寺は階段があるものね・・・

   バリアフリーじゃ無いからねぇ・・・

   きっと よそのお寺になさったんだろうねぇ 」

と住職とも話していたのです

結局 この度ご高齢のお母様には

庫裏の玄関から台所を通っていただくことになりました・・・

ご不便をおかけいたしましたが

ようこそ ようこそ!



ご夫婦でお参りのYさんも!

初めてのご縁に ようこそ ようこそ

これから たくさんお会いして

たくさん話しをいたしましょう

住職にもどんどんいろんなことをお聴き下さいね



この度福田先生が 「 全てのものはつながっている 」とお話しくださいました

そのことで 私の最近の気づきと発見がありましたが

ここで書くには時間がかかりそうですので

また 次回にさせていただきます

おかげさまで          

                               

                               なもあみだぶつ































by shinwoyorokobu73 | 2016-11-30 00:01 | こんなこと | Comments(0)

徒然なる時に

4日間 秋休みだった娘が

久しぶりの登校日を迎えるということで

「 どうか明日の朝 台風警報が出ますように 」と

アホな願いを呪文のように唱えて眠りについていましたが、

そんな不届きな願いなど叶うはずはなく

今朝はトボトボと登校して行きました。

まったくもう・・・

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わたしは本当のことの中で

本当のことに向かって生きているのでしょうねぇ

嘘みたいなホントのことも本当のことでしょうし、

「 うそじゃないです 」と言って嘘をつき、

優しそうな顔でコワいこともする。

コワい顔したおじさんもおばさんも

『時には』優しいこともする。

『時には』凄いこともする。

『時には』なのに 人からは

『いつも』優しいと思われたい。

『ずっと』凄いと言われたい。

ああ、バカな 

え? それって わたし?

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小さい頃

「 臨時休校になりますように 」

娘と同じようにアホなお願いを真剣に阿弥陀様にしておりましたが

阿弥陀様はそんなアホは放っておかれました

そんなアホも だんだん

「 ああそうか、こんなことをお願いするのはアホだな 」 と気が付いてくるのですが・・・

口に出すとアホと思われるに違いないから

口には出さないでおこう

といった程度のこと


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昨日シンちゃんは

テレビで 笊にきれいに並べられている魚を見ながら

「 このお魚は生きてるの? 」 と訊きました

「 いや、死んでいるよ 」 と私が言うと

「 え?!! だって 『 目 』開けてるじゃん!! 」

お魚は瞬きしない・・・ 

お魚は死んでも目を閉じないという本当のことを知った

シンちゃんには驚愕の瞬間だったのでした





自分の勘違いを臆することなく口に出して

ホントのことを知らされて

びっくり仰天するシンちゃん

アホみたいな願いを真剣に思いながら眠りにつく娘

なぜだか 羨ましいことだ





                                   なもあみだぶつ








































by shinwoyorokobu73 | 2016-10-05 14:53 | こんなこと | Comments(0)

はたらく ということ

「 お母さんは ぼんやりしてるよね 」

一昨日 少し雨が降ったらありがたいね と空を見ながら言っていたら

子どもたちから言われました

台風の影響の雨と知らず 

そんなことを言っていたもので・・・

ほんとうに ぼんやりです





「 西村さん LINE やってますか? 」と

最近よく各こどものクラスのお母さん達から訊かれるのですが

「 あ、わたしLINEやらないのよ ごめんね  連絡はメールでお願いできる? 」

時代遅れですがこう答えます

わたしは 人と話すのは好きなのですが

いつも いつも 誰かと繋がりっぱなしというのは

とても疲れるタイプなのです

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今 朝のドラマでは花森安治さんや大橋鎮子さんがとりあげられています

じっくりと考えて 自分の中から

言葉やアイデアが浮き上がって形が見えるまで  動かない

でも これしか無いという 求めるものが見つかると

覚悟をもって その事に当たる





『 暮らしの手帖 』という雑誌が 

こんな人たちによってこのように作られていたなんて

全く知りませんでした

わたしもこの雑誌には だいぶ お世話になってたんですけど・・・

広告を載せない という決意の重大さ

しがらみに囚われないで 伝えるべきことを伝えるという 勇気

葛藤をかさねた時を経て 

今の 姿があるのですね



わたしも じぶん達が形の無い所から

形ある場所を 作り出すことを始めるまでは 

なんのこっちゃ わかりませんでした

おかげさまで 今は 

少しはそのことが わかるように ならせていただきました

危なげなくお金を稼ぐ仕事をするか それと戦うかの 迷い

理想を追うと決めても それに伴う時間と労力のこと 

そしてそうまでしても評価を受けるかどうかわからない 不安

人から反発を受けるであろうことに立ち向かう勇気

内に問いながら 歩を進める日々の奮い立つ思い 




また 今晩は TVの『カンブリア宮殿』で

『群言堂』という衣服を扱う会社が取り上げられます

こちらも 時代や人の流れに簡単に乗らない派 の会社です

わたし ここの洋服 好きなんです

(そんなに 持っていませんけど)

この会社に移築された鄙舎(ひなや)という古民家は 

広島の世羅郡にあった真宗のご門徒の古いお宅を移築して再生なさっています

この方たちの会社も暮らしの手帖社と似ているように思います






働くとか仕事ということで 突然思い出したのですが

むかし、見合いの時に

「 結婚にどんなイメージを持っているか? 」

唐突に ドストレートに訊かれました

「 同じ方向を向いて生きていくこと・・・かなぁ 」

と応えると

「 ぼやっとしたイメージだな。 絵は無いの? 」

「 は? 絵? じゃあ あなたのイメージは? 」

と訊くと

「 八百屋のおじちゃん と おばちゃん みたいな 」

と その後私の夫となってくれた彼は言いました

たぶん日々を ともに汗かき 泣いて笑ってケンカして

生きる 相棒みたいな感じを言いたかったのでしょうかね

その時 わたしも いいね と思ったものです






わたし達も 会社ではありませんが

これらの会社と同じように

この場所を

今 ゆっくりと作っている途中です

働く とか 仕事 という意識と似ています






毎日 ご飯をいただくときに

「 おかげで いただきます 」

と言える日々は 仕合わせだと思います

彼女 彼らもそうなのだろう と思います

仕事や働くということは

お金を稼ぐため だけではなくて

その 「 おかげ 」を知るためにも大切なことですね












                                       なもあみだぶつ








































 















by shinwoyorokobu73 | 2016-08-18 21:32 | こんなこと | Comments(0)

お盆明け  日 照る朝   雨 降る夕

お盆が終わって残りの夏休みというのは

子どもの頃からなんだか 寂しいものでした

  カナカナ カナカナ
            カナカナ カナカナ
        カナカナ
                   カナカナカナカナ    カナカナ カナカナ


あの鳴き声はヒグラシ? これがまたこの時期の雰囲気を盛り上げる・・・

夏の疲れか あんまりご飯も作りたくない食べたくない

でもねぇ、今 ケアしないと身体を壊すので

いろいろと 工夫を凝らしながら 食べてもらわないといけません

困った 困った

みなさまは この時期どんな食卓を囲んでいらっしゃるんでしょう

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福岡土産にいただいた 明太子がわずかに残っていた昼

パスタに畑のトマトや紫蘇を 盛り盛り

おかげさまで 美味しい一食




今朝はオリンピック卓球男子の快進撃で

元気がでてきました!

夕餉までは しっかり頑張れそうですわ




ともちゃんとフィールドアスレチックで汗を流し

残りの宿題をすませましょう

今日は暑すぎて 日が高い間は外掃除はできそうもありません×××

今日お寺へお見えの方は 少し枯葉がありますが

夕方に掃きますのでお許しください

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今夜は雨の予報がでています

この辺りは久しぶりなので 待たれます

動くもよし 食べるもよし 考えるもよし 寝るもよし


どうぞ よい一日を





                                  なもあみだぶつ


































by shinwoyorokobu73 | 2016-08-16 12:03 | こんなこと | Comments(0)

9日の夕空

今朝は『今までのブログの管理画面のサポートが終了』の

お知らせがあったため

慣れない新規管理画面と格闘しています

新しいことになかなかついて行けないのは

今に始まったことではないのですが・・・

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一昨日きれいなグラデーションの

ピンク色の空をお見せしたくて撮ったのですが

なんか違う空色となってしまいました・・・残念

9日、今年はなぜかしみじみと71年前の悲しみを思いました





わたしの子どもたちが 少し大きくなってきて 

その時間分 わたしの父母(義父母)は確実に年を重ね老いており

近い縁者の変化で じぶんの老いも ほんの少し感じるようになっています





あまり無いことですが眠りにつくタイミングを逃してしまい

夜中のテレビをつけて目に入ったのが長崎で被爆した方々の番組でした

アメリカの公文書図書館から出てきた 大きな火傷を負った被爆者の方々の数十枚の記録写真

身体に大火傷の傷を負い その傷を負わせた人間に裸にされて

記録写真を撮られた人々の 悲しそうな顔 虚ろな表情







あどけない顔の14歳の男の子は 顎と肩が溶けてくっついていました

そして 英語で自分の名前を書かれたプレートをもたされて じっとこちらを見つめていました

その 63歳で亡くなった 幼いころの弟の写真を見て

現在95歳になられたお姉さんは 

「 一(はじめ)たい この写真は 

  一(はじめ)が かわいそうかぁ 痛かったろう・・・ほら 悲しそうな目ばしとる 」

亡くなった今も その写真を見て涙を流されました

「 原爆はこわい! (71年経った)今も8月9日がこわい! 」

そう言って皺皺の手で 顔を覆われました






その後に生まれたわたしは

戦後の高度経済成長の波に乗って 浮かれて年を重ねてしまいました

この涙の上にあったと感じもしないで・・・






嬉野は山を越えれば隣は長崎

佐賀の中でも長崎のすぐ隣にあります

父は 8月9日の赤く染まった長崎側の空を見たと言っていました







如来の声というのは わたしの周りに やはり今もいろいろな姿で満ちているのでしょうが・・・

生きているということは 死ぬということだ と

どこへ向かっているのか と

教えられて 問われて

わたしは 大切な そのどれくらいを 受け取れているのでしょうね

目で見ても 見えていない

耳に入っても 聞こえていない

そんなことばかりの 心許ない わたしの人生です 

そんな 日々の中で 

今 生きて歩いていることを知らせてくださる方に 

実際に会い 情報として出会い いろいろなかたちで 出会い

見えていなかったこと 聞こえていなかったことに気が付いていくことの

未だ多いこと・・・







夏休みに入って 毎日 子どもたちの誰かを

ガミガミ 同じことを言って怒っています

「気が付かない」と言って

「気が付きなさい」と言って

繰り返し 繰り返し





じぶんもこんな風なのに

怒っちゃいかんですね

じぶんも こんな風なんだから





                                              なもあみだぶつ



















































by shinwoyorokobu73 | 2016-08-11 07:00 | こんなこと | Comments(0)

さぁ 今日を

4日前 見えた空は 夏色だった

夏らしい日が少ないですね

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昨夜はたいへんな雨と雷だった  

と、住職や娘達は言います

どうやら どしゃ降りだったみたいです

わたくし  知りません・・・  おかしいなぁ・・・ 

隣で休んでいたのに 気が付かないなんて 

「 あなたは少し前までは もう少し繊細だったんだが・・・ 」 と 住職

「 ピリピリしなくなった と 言ってほしい 」  わたくし



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一昨日の夕方

蝉の抜け殻 が 駐車場の端っこを 歩いていました

いえ、 彼はまだ 抜けていなかったのでした

踏みつぶされないように 

本堂の壁にくっつけてやると

ご覧のように いっしょうけんめい

小さくなった殻を 脱ぎ始めました





人間どもが いろいろ我が儘放題 やりたい放題 の間も

こうやって 自分のやるべきことを

淡々 と やり終えていく




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この姿を見てしまうと

昼間の大合唱も違って聞こえてくる


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入れ物が デカいだけの わたし

一日のつとめを 

淡々と 精一杯

やらないと 恥ずかしくなるな

夏という季節は 短いから

そんなことを 考えさせます



暑いなぁ 

暑いねぇ

さぁ 今日を 生きようか



                                               なもあみだぶつ





























 


 






 
by shinwoyorokobu73 | 2016-08-02 16:55 | こんなこと | Comments(0)

マインドフルネス?

本堂の屋根にバケツをひっくり返したような雨が降りました

いつもなら嫌ではありますが、九州に雲が留まることなく

こちらに来ているのだと思うと 少しホッとしています




一昨日とその前の日 2夜連続で 『 ストレス 』 を取り上げた番組があったので

ついつい茶碗洗いや お弁当の準備もしないで見てしいました・・・





震災や思いもかけない事故に見舞われているわけでもないのに

なんでこうも ストレス ストレス と 私達は気が休まらないのか

とはいえ、東急電車の通勤時は殺気なくしては立っていられませんものね

気の合わない同僚や上司や友人の一言が血管を詰まらせるような事ってありますものね

いろいろあります

今の時期 このジットリと肌にまとわりつく日本の梅雨も ストレス度を上げる原因の一つですね


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昨日はその番組で 『 マインドフルネス 』 という英語を覚えました



アメリカの大学で研究されたところによると

人間の脳の海馬と延髄、それから副腎のかかわりあいから

ストレスが多く感じられたり、少なく感じられたりするのだとわかったというのです




マインドフルネスとは、今の私に気持ちを集中する とか 

今の自分の心を見つめる 気が付く ということのようです



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トモちゃんを叱ると、とりあえず、 「 ごめんなさい! 」 と言う時があります

「 何がごめんなさいだと思うの? 」 と聞くと

泣きながら ぶうっとした顔で 「 シンちゃんを叩いた事が悪かったから! 」




 『 ! 』 が付く時は 「私が悪かった」 なんて本当には思っていないのに

お母さんが怒るから  とりあえず 「 ごめんなさい 」 と言っておくというしるしです





ここが大事なことなのだろうな、と番組を見てから思いました

人という生き物は 本当に悪かったと思っていないのに 

「 ごめんなさい 」 と口だけは言っておくという事に慣れてはいけないらしいです

そういう事に慣れてしまうと 自分の 『 思い 』 が本当はどこにあるのか

わからなくなっていくのだそうです

そして、過剰にストレスを感じるようになっていくのだと





うちの子供たちも夫も どんなにお母さんが妻が怖くても

ちゃんと自分の今の思いを伝えきっていかないといけないのですよ

また 私は自分の思い込みかもしれないことを 怒りでもって子供や夫に押し付けると

子どもや夫は そのストレスによって心の病や体調を崩すことになるのだ、 と

ああ、あぶない あぶない

忙しいと 子供や人の本心を置いてきぼりにしてしまいます

もっとよく見ると、自分の本心まで置いてきぼりにしていたりします

本当は思っていないことを言わせたり、

言ってくれたことで 私が勝手に 「 よかった 」 と終わらせたことは多かったのかもしれません





そのことを住職と話していたら 

「 それを 『 心 』 と 『 心所(しんしょ) 』 と 仏教では捉えて来たんだ 」 と言っていました

自分の心と心のある所を在りのまま捉えて 意識に乗せる事

「 へぇ~ そうなんだ  お父さん達は なんでそんな大事なこと、 ちゃんと教えんの? 」

と訊くと あまりにも当たり前の事と思っているようで・・・

お坊さんも、もっとリアルに人の心や日常を捉えて欲しいものだと思います 

( 他人事みたいに・・・,,偉そうに 言う・・・,,)

 




 『 ! 』 にはどんな意味があるのか

       
         「  だって シンちゃんが前は言う事を聞いたけど

            今は 言う事を聞かなくなったんだもん

            でも お母さんは シンちゃんばっかり守るじゃん

            だから かわいくなくなって 叩いたの      」 



なかなか言葉にできない気持ちもありますからね




あちこちに気が散る世の中ではありますが

ゆっくり息を吸って 吐いて

鼻の中を入ってくる空気 出ていく空気を感じながら

私に集中する時を 作るといいそうですよ





                                            なもあみだぶつ














     



















 




 
by shinwoyorokobu73 | 2016-06-22 16:41 | こんなこと | Comments(0)

ムカつく裏には

きょうのタイトルを 『 吹き飛びそうな緑の日 』 にしようかと思った

きょう 『緑の日』

こんなに強烈な風に吹かれても葉っぱはほとんど落ちません

散っていくのは今が落ち葉の季節の黄色くなった竹の葉っぱだけ

朝から風のうなり声がずっと響いています


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キョウちゃんが部活を始めてから

「子どもが部活をしているから お休みはもどこにも行けない」

というご家族の言葉の意味がはじめてわかりました



昨日も今朝も 4時起きで 

お弁当を作って 5時半には駅に送る

こりゃあ家族旅行もあったものじゃぁないですね





帰りの車を運転しながら 「 わたし 好きでやってるよねぇ 」 と自分に頷く





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今 『 とと姉ちゃん 』 で東京の下町の人たちの姿が放送されている

わたしには下町の人と言って思い出す女性がいる




築地の下町育ちは 『 とと姉ちゃん 』 よりも口が悪く

大きな体だが しかし 口のわりに気は小さい小心者のようだった




男女や先輩後輩に厳しい九州の田舎で育ったわたしは

ちょっと年上の 吐いて捨てるような口調の彼女と話すと

普通の会話でも怒られているようで 小さくなっていた




そんな彼女との会話の中で シンちゃんを産んで一年くらいの時で 

「 睡眠不足と加齢でヘトヘトなんですよ 」 と何気なく言ったことがあった

「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 

即座に返ってきたその言葉に わたしは一瞬凍りついた

同時に 猛烈に腹も立ったのだった






その時は いろいろ いろいろと 彼女がなんでそんなことを平気で言うのか

自分に都合の良いように理由を考えたけれど

結局は他人の心の中はわかろうはずもなく

ただ、彼女が残した 「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 という言葉だけが

今は よけいな感情を剥ぎ落して残った







夜の休日急患の病院に走る時

今日のように 早朝 車も少ないバス通りを娘を送って駅へ急ぐ時

夜中に塾の近くで 出てくるチオンを待つ時 

インフルエンザにリレーで罹る 睡眠不足の一週間

諸々の大変な時






 「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 

という言葉がわたしに問うのだった






産まなきゃよかった? 









今、ムカついたあの言葉は

弱音を吐きそうな時や 怠けそうになる時に

ひょこりと頭に浮かび 私の覚悟を問うのだった






その問いに 今朝も 車の中で呟いたのだった

 「 わたし好きでやってるんだよねぇ 」







じゃあ やらなきゃ良かったじゃん

じゃあ 捨てりゃあいいじゃん

じゃあ 辞めればいいじゃん

じゃあ 諦めればいいじゃん
  







ムカつく言葉や出来事には 何か自分に欠けているか気が付かない大切な事が隠れている

私は何に引っかかっているのか

水に流さず じっと胸に持っていたら

結局 その時彼女に一言も返せなかった 弱くて甘えていた私が浮き出てきた









しかし そんなへっぴり腰な私も 今度こんな言葉に出くわしたら 

即座に一言二言 相手と落ち着いてやり取りできるようにと

日頃から 引っかかることを水に流さず よく考えるようになった






時が経った今では おかしなことに 憎らしい彼女の問いのおかげで 

大変な時ほど 力が湧いてくる 

「 わたし好きでやってますから 」







鼻血が出そうなくらい歯がゆい事でも 

腑に落ちて 腹と口が一緒になったら背中が伸びて気持ちがいい

人がどう見ようとも 自分が 『 これ 』 と思った一歩の道を歩ききってみよう






これもやはり おかげさまでした










                                                  なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73 | 2016-05-04 16:23 | こんなこと | Comments(4)