10数年になる その男性は 「 建築って言うのは 信頼っていう 心意気(いき) 若しくは粋(いき)で建つんです 信頼関係の持てない人と仕事はできません 」 と言って 住職が設計費用を振り込んだ次の日に 私たちのお寺の建築の設計監督業務を放棄した 「 途中で仕事をほっぽり出す? 言ってることと やってることが違うじゃないか! 信頼 カ ン ケ イ は お互いでしょうが 」 そう私は思った そもそも、工務店さんは私たちが紹介してお願いした所だったから その後は やはり大変だったものの なんとか この本堂も庫裏も無事に建てていただくことができたのだが 「 最終確認図面見ました。本堂の柱は八寸でお願いしていましたよね。 何で この図面では 四寸になっているんですか? 予定通り八寸の柱に戻してください 四寸だと普通の住宅のような感じになってしまいます 」 ( 小さく 小さく書いてあった 設計図面の本堂の柱の寸法を住職は見逃さなかった ) そう住職がメールを送ったことで彼は なぜか キレた・・・ 〈 そもそもこの低予算で俺はあんたたちの設計を引き受けてやったんだ! 建物の強度は四寸で十分なんだよ いちいち いちいち僕の設計にケチつけてきて、やってられるか! 寺 寺って 何もやって無いくせに偉そうに 〉 という気持ちが 彼や彼を紹介した方にはあったように思う (本堂の柱のお金が足りないなら 私たちの住み家(庫裏)の予算を削ればいいと 伝えていたけれど 材木会社の社長は「お寺の柱にいいかげんな物は入れられない必ず用意します」と 言ってくださっていた、八寸の柱は少し時間がかかったけれど準備していただいたけれど) 思えば 私たちの要求は あの時の彼には荷が重すぎた 「日本建築の木の組み方を 設計図面に詳しく書くことは難しいし 八寸の木の組み方なんて大学出てちょっとの人は知らないよ 実際 建てるのは大工ですよ」 とは後に 建築のプロにお聞きして知ったことだった 私たちはあの時 そのことをわかっていなかった それを認めて受け入れるには 彼も若かった あの時一番私を納得させたのは 「 お互いに初めて会って 信用できない者同士が大金を掛けて仕事するんです だから契約書を交わすんですよ 信用で仕事に成るんだったら 契約書なんて無しで仕事してみたらいいんですよ 『 お代は完成した後で結構です 』 って そういう人なら 信用できる 」 という 最後まで建築の責任を負ってくれた 工務店社長の言葉だった 設計士の信用は 最後まで施主に向き合い完成させるという プロの仕事じゃないか? じゃあ 僧侶の信用は? 伝える法による人の安心と満足? あの時は「 信用(信頼関係)って何だ? 」と本当に真剣に考えさせてもらった 今朝は テレビに 被災地を長期で支援している方が出ていらした 解体する家の方に断って いらない物を貰って(例えばキッチンや洗面台など) 他の 家が倒壊して困っている方に 必要であれば持っていく 等活動されているそうだ 「 物を盗っていくんじゃないか とか 嫌なこと言われたりしませんか? 」 と質問があった 彼は 「 ああ、それは しょっちゅうですよ。 最初はどこも このひげ面がいきなり『手伝います』って行くもんだから 『こいつ 大丈夫か?』っていう目で見られますよ でも、当然だって思ってるんで 『どうぞ疑ってください』と思ってやってるんです 」 と、笑顔で答えていた その彼の言葉に 「 そうだ! 」 私の記憶のチャンネルが10数年前のあの時に戻って 思わず ぼろぼろ ぼろぼろと あの時感じた思いが こぼれてきたのでした わたし達もお寺を建ててから 幾度となく 「 ここ、本当にお寺? 」 「 地図(看板、チラシ)を見て来たんですけど、これ?・・・」 という疑いや、落胆、侮蔑の色を顕わに帰って行く人もあったけれど その度に やっぱり テレビの被災地支援の彼が言ったように思ったものでした 「 そりゃ疑うのは当然 『お寺なんて新しく出来るの?』と思うだろうし、 この建物はいわゆる 『大きな境内地の 瓦屋根の大伽藍』じゃないしね 私だったら 相当疑うわ 」 税務署の人にだって「 お寺って新しくできることってあるんですか? 」と訊かれたし 信頼関係なんて一朝一夕には生まれないのは経験済み しかし 縁もゆかりも無い土地に 土地を求め 寺の建物を建てるということは 何千万円では済まないお金を 只一人 ここの住職が負うということ 建物のその後に 責任を持って生きていくのは私たちだった 責任は設計士は負わない ここに 全てのご縁の最初を築くのだから ここから私たちと これから出会う人たちの 信頼関係が生まれていくのだから 本堂だけは妥協できなかった 嫌なものは 嫌なのだ ダメな物は ダメなのだ 誰かの顔色をうかがって妥協できる話ではなかった その若い設計士を紹介した人は いわゆる 善い人で 私から事情を聞いて 「 そんな風に思ったら建物がかわいそうですよ 」 と言った その時 私はその善い人に 「 ふざけるな 」 と思ったのだった 私の 信用というのは 他人がすること この私がどうこうできることじゃない 「 信用してください 」 なんて最初から自分で口にする人を あの時から 私は信用しないようになった おかげで 「 西法寺 」の看板をあげてから 私たちを 信用してほしいとか 分かって欲しいとか 思わないでやってこれた気がする 私の『 信用 』は 他人さんがすること 私が何かできるもんじゃない 私たちに出来ることは やるべきことをやり 伝えるべきことを伝えること やりっぱなし 伝えっぱなし そうあってこそ そう思われる 私もそう思ったのだから 他人もそうであるに違いない そう思うと ここに 何かを感じて集まって来てくださる皆さんは 私たちのやり方を信用してくださっています 住職の伝えることに頷いてくださいます とてもありがたいことに思えます 信用や信頼関係について 『 そうじゃないだろう? 』と感じた あの日の体験があったればこそ それとは反対のやり方を 手探りできてきたことになります 今は 初めて本堂に入って来る人が 「 何だか とても気持ちがいい本堂ですねぇ やさしい気持ちになりますねぇ 」 と言ってくださいます 住職も私も言わないけれど 『それはですね』 と心の中で思うのです そして、 10数年前は白かったけれど うっすら赤く変わってきた 私たちの 意地と信念の結晶のような 八寸の尾州檜の柱を撫でながら あの 正直だったけれども とても失礼で 乱暴で 粗削りな私たちの あんな風にしか出来なかった 人との関わり様を 恥ずかしく 懐かしく 愛おしく また、とてもありがたい経験だったと思い出すのです 今も あの時のように 私には はっきりと見えていないことの方が多いでしょう でも やっぱり今日も 一生懸命に手探りしながら 「これでいいのだ」と 時を重ねています いろんな人に いろんな形でお相手していただきながら なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73
| 2017-02-18 11:54
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