9日の夕空

今朝は『今までのブログの管理画面のサポートが終了』の

お知らせがあったため

慣れない新規管理画面と格闘しています

新しいことになかなかついて行けないのは

今に始まったことではないのですが・・・

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一昨日きれいなグラデーションの

ピンク色の空をお見せしたくて撮ったのですが

なんか違う空色となってしまいました・・・残念

9日、今年はなぜかしみじみと71年前の悲しみを思いました





わたしの子どもたちが 少し大きくなってきて 

その時間分 わたしの父母(義父母)は確実に年を重ね老いており

近い縁者の変化で じぶんの老いも ほんの少し感じるようになっています





あまり無いことですが眠りにつくタイミングを逃してしまい

夜中のテレビをつけて目に入ったのが長崎で被爆した方々の番組でした

アメリカの公文書図書館から出てきた 大きな火傷を負った被爆者の方々の数十枚の記録写真

身体に大火傷の傷を負い その傷を負わせた人間に裸にされて

記録写真を撮られた人々の 悲しそうな顔 虚ろな表情







あどけない顔の14歳の男の子は 顎と肩が溶けてくっついていました

そして 英語で自分の名前を書かれたプレートをもたされて じっとこちらを見つめていました

その 63歳で亡くなった 幼いころの弟の写真を見て

現在95歳になられたお姉さんは 

「 一(はじめ)たい この写真は 

  一(はじめ)が かわいそうかぁ 痛かったろう・・・ほら 悲しそうな目ばしとる 」

亡くなった今も その写真を見て涙を流されました

「 原爆はこわい! (71年経った)今も8月9日がこわい! 」

そう言って皺皺の手で 顔を覆われました






その後に生まれたわたしは

戦後の高度経済成長の波に乗って 浮かれて年を重ねてしまいました

この涙の上にあったと感じもしないで・・・






嬉野は山を越えれば隣は長崎

佐賀の中でも長崎のすぐ隣にあります

父は 8月9日の赤く染まった長崎側の空を見たと言っていました







如来の声というのは わたしの周りに やはり今もいろいろな姿で満ちているのでしょうが・・・

生きているということは 死ぬということだ と

どこへ向かっているのか と

教えられて 問われて

わたしは 大切な そのどれくらいを 受け取れているのでしょうね

目で見ても 見えていない

耳に入っても 聞こえていない

そんなことばかりの 心許ない わたしの人生です 

そんな 日々の中で 

今 生きて歩いていることを知らせてくださる方に 

実際に会い 情報として出会い いろいろなかたちで 出会い

見えていなかったこと 聞こえていなかったことに気が付いていくことの

未だ多いこと・・・







夏休みに入って 毎日 子どもたちの誰かを

ガミガミ 同じことを言って怒っています

「気が付かない」と言って

「気が付きなさい」と言って

繰り返し 繰り返し





じぶんもこんな風なのに

怒っちゃいかんですね

じぶんも こんな風なんだから





                                              なもあみだぶつ



















































by shinwoyorokobu73 | 2016-08-11 07:00 | こんなこと | Comments(0)
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