ムカつく裏には

きょうのタイトルを 『 吹き飛びそうな緑の日 』 にしようかと思った

きょう 『緑の日』

こんなに強烈な風に吹かれても葉っぱはほとんど落ちません

散っていくのは今が落ち葉の季節の黄色くなった竹の葉っぱだけ

朝から風のうなり声がずっと響いています


a0204371_14572711.jpg



キョウちゃんが部活を始めてから

「子どもが部活をしているから お休みはもどこにも行けない」

というご家族の言葉の意味がはじめてわかりました



昨日も今朝も 4時起きで 

お弁当を作って 5時半には駅に送る

こりゃあ家族旅行もあったものじゃぁないですね





帰りの車を運転しながら 「 わたし 好きでやってるよねぇ 」 と自分に頷く





a0204371_1544591.jpg


今 『 とと姉ちゃん 』 で東京の下町の人たちの姿が放送されている

わたしには下町の人と言って思い出す女性がいる




築地の下町育ちは 『 とと姉ちゃん 』 よりも口が悪く

大きな体だが しかし 口のわりに気は小さい小心者のようだった




男女や先輩後輩に厳しい九州の田舎で育ったわたしは

ちょっと年上の 吐いて捨てるような口調の彼女と話すと

普通の会話でも怒られているようで 小さくなっていた




そんな彼女との会話の中で シンちゃんを産んで一年くらいの時で 

「 睡眠不足と加齢でヘトヘトなんですよ 」 と何気なく言ったことがあった

「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 

即座に返ってきたその言葉に わたしは一瞬凍りついた

同時に 猛烈に腹も立ったのだった






その時は いろいろ いろいろと 彼女がなんでそんなことを平気で言うのか

自分に都合の良いように理由を考えたけれど

結局は他人の心の中はわかろうはずもなく

ただ、彼女が残した 「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 という言葉だけが

今は よけいな感情を剥ぎ落して残った







夜の休日急患の病院に走る時

今日のように 早朝 車も少ないバス通りを娘を送って駅へ急ぐ時

夜中に塾の近くで 出てくるチオンを待つ時 

インフルエンザにリレーで罹る 睡眠不足の一週間

諸々の大変な時






 「 じゃあ 産まなきゃよかったじゃん 」 

という言葉がわたしに問うのだった






産まなきゃよかった? 









今、ムカついたあの言葉は

弱音を吐きそうな時や 怠けそうになる時に

ひょこりと頭に浮かび 私の覚悟を問うのだった






その問いに 今朝も 車の中で呟いたのだった

 「 わたし好きでやってるんだよねぇ 」







じゃあ やらなきゃ良かったじゃん

じゃあ 捨てりゃあいいじゃん

じゃあ 辞めればいいじゃん

じゃあ 諦めればいいじゃん
  







ムカつく言葉や出来事には 何か自分に欠けているか気が付かない大切な事が隠れている

私は何に引っかかっているのか

水に流さず じっと胸に持っていたら

結局 その時彼女に一言も返せなかった 弱くて甘えていた私が浮き出てきた









しかし そんなへっぴり腰な私も 今度こんな言葉に出くわしたら 

即座に一言二言 相手と落ち着いてやり取りできるようにと

日頃から 引っかかることを水に流さず よく考えるようになった






時が経った今では おかしなことに 憎らしい彼女の問いのおかげで 

大変な時ほど 力が湧いてくる 

「 わたし好きでやってますから 」







鼻血が出そうなくらい歯がゆい事でも 

腑に落ちて 腹と口が一緒になったら背中が伸びて気持ちがいい

人がどう見ようとも 自分が 『 これ 』 と思った一歩の道を歩ききってみよう






これもやはり おかげさまでした










                                                  なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73 | 2016-05-04 16:23 | こんなこと | Comments(4)
Commented by セリ at 2016-05-05 13:08 x
思うところがありましたので、突然ですがコメントさせて頂きたいと思います。

だれでもこのような経験ありますよね。
学生まではみんな同じような環境で育ってきたから、一つの物事を同じように感じられる。
でもそこからは結婚する人しない人、仕事するしない、子供がいるいない、で環境が違いますから全然見方が違うんですよね。
私も今それを痛感しているところです…

一歳にもならない子供がいる友人のことを、大変だろうな。ちゃんと寝れてるのかなって心配していたけれど、
会いに行ってみたら、私よりもちゃんと家のことをしておしゃれもして子供もいい子で…
希望がいっぱいだった。苦労は見せないようにしているのかもしれないけれど、私にはまぶしすぎた。
私は子供をもう7年も切望していたから…

でもそれがきっかけで仏様のお話を聞き始めました。
通っていた病院がお寺の隣にあって。
病院のフロアが当時8階にあったので、窓の外を見て隣のこの建物は何だろうなーって思っていました。
立派な建物で、お寺だとは気付かなかったのですが。
100回以上病院に通いましたが結果はでませんでした。
体も心もボロボロになってはじめてお寺に気づきました。

お寺に向かうまでの道は、病院に通っていた時とまったく同じです。
本当に不思議です。
阿弥陀様がいるってわかるまでは私の命も大切にしないとって思えました。
望みを叶えられない自分を責めて命を捨てようとさえした私が…

今の自分でいいんだって思いたい。
今に満足したい。
環境が違ってもみんな同じ願いをもっているのではないでしょうか。

とはいえ疲れていては体もしんどいし
その方の言葉はきついですね…
子供がいないことを言われたら私なら泣いてしまうかも…
どうぞ休める時にはお休みになってお体ご自愛ください。
Commented by shinwoyorokobu73 at 2016-05-05 16:07
セリさま
コメントありがとうございます

子どもということに関しては、女性なら誰でもとても繊細な
心の内をかかえて生きていますね
セリさんにしか味わえない体験と心の内を書いていただいて、改めて私も人のことはわからないのだと思いました
そして、私も人を傷つけたりしていることだろう、とも思います

苦しい体験から仏縁をいただかれたとお書きくださいました
私は私という命を、セリさんはセリさんという命をいただいて
それぞれの縁の中で「なぜ?」ということに出遭い
苦しくて「もういやだ」と思うこと、ありますね

お寺には泣きながら仏法に頷く人がおられます。その方達の姿を見るにつけ、やはりここに大事な私の問題があるのだと知らされるのです。
セリさんもそういうお一人かもしれません
これからも仏法に一緒に聴いて参りましょう

優しい言葉をありがとうございました
セリさんもくれぐれもお身体ご自愛くださいませ
Commented by Charlie-one at 2016-05-09 12:16
母親として、「産まなきゃよかったじゃん」という言葉は凍りつきました。
泣きたい時は何度もあるし、腹立つ時もしょっちゅう。
でも、人の命に関する言葉、言ったらいかんでしょー。
私だったら、ポンと口から吐き出すこの人には、
心のシャッター、ガラガラガラ~~ガッシャン❕
二度と会いたくない‼

でも、ちょうど一月前のこと、私も人と衝突しました。
どうして、そんなに私のあげ足をとるのか、重箱をつつくように粗を探すのか、とうとう我慢できずにぶつかりました。
ぶつかっても、心のモヤモヤは晴れず、気持ちは沈んだまま。

そんな時に、娘から助言が。
愛読書からの引用で、


忠告はうれしいもの

耳にここちいいことばかり聞かされて、
思い通りのことばかりだったら、
自分はちっとも成長しない

忠告って、ありがたい。



一ヶ月経って、じわじわ心に染みてます。
Commented by shinwoyorokobu73 at 2016-05-09 14:49
lieさま
働く場が広がり、出会う人の幅が広くなればなるほど
いろんな事に人に 目が覚めますね
最近は私は「こんちくしょう」には様を付けようかと思うほど
深く思いを掘り下げる縁になっています
もし、あと私達が生きてきた位生きられたなら
きっと涙が出た経験ほど 私が育てられていくんじゃないかと思います
自分にしかわからない悔しい悲しい嬉しい寂しい等々を抱きしめていこうね
娘は朋だね

<< 私の顔は 草花揺れるお休み >>