見えないけれど あるんだ

どうやら最近やっと 私たちは自分たちのやることに何が必要か 見えてきた気がする

恐る恐る歩を進めてみたり

今は私たちには無理だと 止めてしまったこともある

そんな様々な出来事の総括のように この冬は 怒涛のように

昔 撒いたつもりもなかった種から芽が出るように

いろんなご縁に巡り合った





偶然 13年前にお寺で開いていた 『 子育て教室 』 にお子さんと一緒に来ていたママに再会し

「 Nさん? あなたNさんじゃありませんか?

   昔お子さんと子育て教室に見えていた 」

そのグループの中のリーダー的ママだった彼女の顔は覚えていた

「 いやぁ~! その節はお世話になりました  懐かし~い 

また 何か教室があったら行きます 案内ください 皆にも連絡しますから 」 と言っていただいた



そして 私はそのママの今の仕事にお世話になることになった

もう あの子たちは皆 中高生と成長しているらしい

お互いに笑うと目じりが昔とは違う姿に成長していた

年を取っていくことの実感は日々無いのだけれど

こうして時間をおいて会ってみると ああ10数年お互いに生きて来たんだね 

がんばって生きて来たねえ しみじみと感じる

突っ走りながらいろんなことをやってきたけれど

全てが 種だったのだな と思う







どなたが読んでくださるとも知れず ただ 書いてきた言葉

その言葉を ずっと 大切に集めていてくださった方がいた

「 ずっと ここのお寺の掲示板読んでいましたが 

  法話会というものに 出席できますか?」

ノートにいっぱい 住職と私が頷いた言葉達が 彼女の文字でびっしりそのノートに書いてあった

こんなに私 書いたっけ・・・・・ 受け取っていただいていたなんて  ありがとうございます







また 寒い冬の日

「 子供が どうしても ここのお寺さんに行ってくれ と言いますもので 」

と見知らぬ女性が訪ねて見えた

もう10数年 家に引きこもったままのお子さんがいらっしゃるという

「 生きているのが 苦しい 」 

そう言って家から出ない子を心配して

ご両親はあちらへ行き こちらへ行き 

どうしたらこの子を楽に生きさせてやれるだろうか 訪ね歩いておられたらしい

長く悩み苦しむ日々を過ごされてきたこの冬

ホームページをご覧になったか

タウンニュース(地域情報誌)をご覧になっていたというご縁で

「 お母さん 西法寺さんへ行ってきて 」

とお子さんが仰ったということで お母さんは一も二も無く勇んでお見えになったということだった

数時間 住職と二人で彼女のお話を伺った

お子さんの言うことにおかしいことはない

 「 早く ここに来ていただいてお話ししましょう  大丈夫

   安心して生きていけるようになります 」

涙々のお母さんに そう言って帰っていただいたが

10数年家から出ていない人間が そう簡単に家を出られるはずはない

今は時が来るのを待っている

でも お母さんに手渡した手紙は彼女に届いているはずだ

種はできた

いつか 彼女は家から出てここに来る そう願っている





二本の電線を延々辿るような

ホントの所で交わることのない言葉と言葉

嘘の文字が多い最近の社会で

初めて会う方と電線を切ってお互いの断面を見せ合うような会話ができることは

本当に稀有なこと






仕事や人生には すぐに結果が出ることとそうでないことがあるようだ

「 大変ですね 」 と私が嫌な事をやっているように言う方も時々いらっしゃるが

「 そうじゃ ないんだけどなぁ 」 と思う

如来のはたらきは目に見えないけれど

こうやって時折 相となって現れてくださる

四方にはたらいてくださっているのだと思う

その ほんのちょっとが目の前に現れた

この冬の ありがたい出会いに気を引き締めさせていただいたことだった



 




                                                 なもあみだぶつ
by shinwoyorokobu73 | 2016-03-26 07:49 | こんなこと | Comments(0)
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