「 多くの命をいただきます 」

台風一過の すっかり夏は過ぎ去ったかのような空気です

天気予報士の方が

「 台風が 夏の暑い空気と秋の涼しい空気を混ぜながら

  だんだん秋を連れてくるのです 」

と仰っていました

そうかぁ 今混ぜられてるんだ と空を眺めています


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昨晩『 白貝 』という貝をバター醤油でいただこうと流しに出していました

日曜日に 生活クラブの鮮魚売り場のいつもの皆さんから

「 これはお勧め! 」と太鼓判をいただいていたのですが

2日経ってしまっていたので「大丈夫かな?」

心配しながら水洗いすると、キュッと身を縮めて殻を閉めてしまいました

二日も経ったのに元気に生きていたので

「 うわぁ!まだ生きてた 」と驚いて見ていましたら

「 お母さん 何が生きてたの? 」

シンちゃんが直ぐにやって来て覗き込みました

「 ほんとだ、生きてるね 」


いつもこんな時 どうしよう・・・と一瞬料理をためらいます

だってシンちゃんがその次に思うことは想像がつきますから・・・

火にフライパンをかけて白貝をのせると ジュウッと音がします

殻を必死で閉めている貝を見て

すぐにシンちゃんは「 かわいそうに 」と言いました





でも この日はその後がいつもと違っていて

「 ごめんなさい 」と手を合わせて謝っていました

その後 「 ぼくは がんばるからね 」そう言っていました

「 そうだねぇ 白貝さんを食べるんだから

  おかあさんも 明日も一生懸命がんばらないといけないね 」






あとで住職にこの話をしたら

この夏休みに近隣の(神奈川組[かながわそ]と言います)お寺の若い僧侶の皆さんが

子ども達のためにお寺で研修を開いてくださいました

うちの子ども達は今年は全員参加させていただいたのですが

その時に『 食べられるために生まれて来たのではない他の命をいただいている 』お話しをしてくださったのだと

シンちゃんはその時の話しを憶えていて そう言ったのだろうと話してくれました





よく、子どもが罪悪感を持つからと

「 みんなに食べて欲しくて美味しくなったんだよ 」とか説明してくださる方もいらっしゃいますが

仏さまのお話しを聴いて シンちゃんが思った

「 君の命をいただきます。 だから、ぼくは明日も泣かないでがんばるからね。」

という言葉に 私も食べて生きていることを改めて考えさせられました

いのちを大切に生きるという事はそういうことかもしれません


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山椒の木の皮を一生懸命に食べているマイマイの後ろ姿にも

「 がんばろうね 」と声をかけたくなってしまいます






さて、9月23日(土)はお彼岸の法話会をお勤めいたします

お天気は雨の予報ですが しっとりと本堂でご法話をお聴かせいただくのも有り難いご縁でございましょう

お寺までのお足もとは悪くなると存じますが

どうぞお気を付けくださって 皆さまお参りくださいませ



  

  《 秋 の お 彼 岸 法 話 会 》


   日 時   9 月 23 日 (土)  13時30分から 15時30分頃まで


   講 師    西 法 寺 住 職     西 村 信 也





* 初めてお参りのお方は早めにお見えになり ゆっくりお待ちいただいても結構です

  たのしみにお待ち申し上げます



                                 なもあみだぶつ


   










# by shinwoyorokobu73 | 2017-09-20 16:08 | 子供 | Comments(0)

みんなちがって みんないい

上の子下の子で、20年近く子育てしながらお寺の仕事をしていますから

私はその中で気づかされることが多く生きてきました

逆に言うと、外で仕事をしている皆さんのように

社会の仕組みやその中での人間関係というものを学ぶ機会は少なかったと思います


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子育てをしていると多くの皆さんが経験すると思うのですが

「 みんなが持っているから。 みんながやっているから。 」と言う子供達の言葉に出くわします。

その「 みんな 」に何度心が揺さぶられたことでしょう




「 で、 みんなって誰と誰? 」

「 ○○ちゃんと○○くんと・・・・・・・それから、○○ちゃん・・・・かな?  あれ? 」

「 3人じゃん! 」


子供達は自分の求める物を手に入れるために、 時に上手く言葉を使うのだと何度かの失敗の後に覚ったのでした。

もちろん忘れてしまってますが、遠い昔に私もその手は使ったのだろうと思います。








先日小学校で、 あるお母さんのことを

「 あの人 自分の子供のことで気になることがあると、すぐに直接先生に聞きに行くらしいのよ 」

と話す別のお母さんがいました。

その後の言葉が 「 ふつう行かないよね 」でした






その時の 「 ん? 」という違和感がずっと残っていて考えていました。

この辺りは 比較的新しい町なので 全国にルーツを持つ方々が集まって暮らしています。

狭いと言われる日本でも、暮らしぶりや考え方は驚くほどバラエティーに富んでいます。

中学に進むと いくつかの小学校から来た子達が一緒になります。

サラリーマンの方もいらっしゃれば、

自営業の方もいらっしゃいます。

会社には電車で通う方もいらっしゃれば、乗用車で通う方もいらっしゃいますし、バイクの方もいらっしゃるかもしれません。

偉く成られたら 運転手さん付きの黒い車で送り迎えの方もいらっしゃいます。

その会社だって日本に勤務する前はイギリス、アメリカにいたという方もいらっしゃれば、

大阪から転勤で来たという方もいらっしゃいます。

出産だってドイツでしたわ、という人もいればスウェーデンよ、という人もいます。

中学でうちの子供達が一緒になる隣の小学校は帰国子女も結構いて、

そんなお母さん達は「 ええ!? あなたの小学校って そんな時に先生に意見言う人が一人もいないの? 」と驚かれてしまいます。

こっちの小学校で「 ふつう 」と言われることは、隣の小学校の あるお母さん達から見たら「 変(へん)」なのです。







上のお姉ちゃん達が成長してくれたおかげで

その間にたくさんのお母さん達とご縁を結ばせて頂きました。

その中で、だんだん気がついていったのが みんな違うのだということ。

みんなが一生懸命に自分の子供を育てているということ。

そして、本当は人は言葉で一括りにしたり分けたり出来ないこと。








同じところもあるけれども違う

違うけれども同じところもある








まだ経験の少ない時は、 「 ふつう 」か「 変 」なのか そのどっちつかずの状態は不安になります。

そんな時「 いいね 」ボタンと一緒で 「 ふつう、○○だよね 」 と

自分の立ち位置がいいのか悪いのか、 誰かに確認したくなるのでしょうが

まだまだ、私も そんな仲間の承認欲求になかなか上手い答え方が見つかりません。

そこには信頼さえあれば「何とでも言え」ですが

子供を挟んでたまにしか会わない仲間に対して思ったことを全て言うのは真意が伝わらないこともあり危険です。

子供の友達のお母さん達だし「 ふつう 」の中に入ったら楽なのかしら?

チラッとそんなことを考えるのですが








「 聞きたい 」 「 言いたい 」と思ってそうする人はそうしていいんじゃない?

だってその人は自分の責任でそうするんだもの

そう望んで動いたことからは必ず学ぶことはあるのだもの










ああ、ホントウの自分が顔をもたげる。

「 ふつう 」に縛られるのって窮屈









「 みんなちがって みんないい 」

智慧の光に育てられた金子みすゞさんの

聞き過ぎて耳慣れてしまった言葉だけれども

今日は しみじみ温かい






「 そうですよね 違っていいんですよね 」

そう、 みすゞさんになのか 如来さまになのかわからないけれど訊ねつつ

その言葉をつぶやきながら お念仏することが まだまだこれからもありそうです。



                                                         なもあみだぶつ


                                                         
















# by shinwoyorokobu73 | 2017-09-02 15:52 | 灯りのうちに | Comments(0)

それで じゅうぶん

横浜の公立学校は 夏休みは 昨日まで

今日から また学校が始まります


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我が家も今朝は 久しぶりの学校のリズムに ちょっと緊張した朝を迎えました。

きっと誰かが何か忘れ物はしているでしょうが、

まあ、 初日はたくさん荷物もあるし 勉強もまだ始まらないので

忘れ物があっても何とかするでしょう。







と 思っていたら「 お母さん ごめん! 今日帰ったら何でも手伝いするから学校まで送って 」 という次女・・・

まったく。

夏休み明け 初日からこんなこととは、情けない

仕方なく車を走らせて学校へ送ることにしました。

「 もう学校始まるんだから、夏休み気分は捨てなさいよ! 」

娘にぶつぶつ言いながら赤信号に止まって横断歩道を見ると、

黄色いランドセルカバーをつけた小さい男の子が トボトボと目の前を横切っていきます。

肩を落として目は伏せ気味で、ほんとうにトボトボと・・・

きっと小学校1年生です。





あれ? 今8時25分過ぎてるから、登校時間は過ぎている。

うちの智ちゃんなんか、30分以上前に学校行ったのに

遅刻なのにそんなにトボトボと歩いていたら、校門が閉まっちゃうよ

ああ、そうか、きっとこの子 お母さんから叱られて学校に行くんだろうな

ランドセルだけで 手には何も持ってないけど、

上履きは持っているのかな? 雑巾は? 帽子も被ってないね。

夏休みの宿題、終わってないんだろうな・・・

ショッボ~ンとしたその 小さくてひょろっとした男の子の後ろ姿を見て

キューンとしてしまいました。






青信号に代わって追い越してからも

気になってバックミラー越しに また見てみるけれども

相変わらず トボトボと肩を落として歩いています。

人生の終わりのような そんな顔しなさんな!

大丈夫、がんばれ!

怒られて、お友達に笑われても、ご飯食べなさい!

元気が出るから。





そう、言いたい気持ちでゆっくりと小学校の前を通りながら

またバックミラー越しに見ると 

小学校の事務員のおじさんが 笑いながら彼を手招きして待っていました。

ほっ 

よかったね。







子どもが元気で学校に行ってくれる

それだけで 十分ですねぇ。








うちの娘達

朝のお勤めは、お尻をたたかれながらも一緒に勤めて、

厳しい部活も、文句言わないで毎日頑張って

元気に学校へ行く。

これで十分かな。






朝から 文句言いながら運転しそうでしたが

黄色いランドセルの1年生の背中が

そんな私を諭してくれました。

今日は初日。

おいしいご飯を作りましょう。







皆さま、今日もまだ暑いですが

元気で頑張らせていただきましょう。



                                                       なもあみだぶつ










# by shinwoyorokobu73 | 2017-08-29 14:02 | こんなこと | Comments(0)

『 やがて 』が

お盆が来る頃になると

毎年スイカを自転車に括り付けて

日に焼けて ひまわりみたいに笑う ご門徒のn沼のおじさんが

えっちらおっちら自転車を漕いでやってきます

ここに本堂ができてから毎年です




お盆が過ぎて ある日の朝

本堂には ご門徒のK山さんが来ておられて

信ちゃんに『 よい体験をプレゼントしたい 』と仰ってくださって

パンフレットを並べて 夏休みの旅の計画の確認をしておりました

「 『オオムラサキセンター』も行きたいねぇ。 美術館もあるし、釣りや化石堀りもあるし・・・

   2日では回れないねぇ。 」





頭の中がすっかり1週間後に飛んでいた その時、ピンポ~ン!

庫裏の玄関のインターホンが鳴りました

お盆も過ぎて、朝からお訪ねになる方も少ないのに誰でしょう?

玄関先にはいつものように大きな声のn沼さんがニコニコ立っていました





「 今年は雨ばっかりで今頃になってすいません。

  こんな身体になっちまって どうしようもねえや!

  奥さんこれ 仏さんに線香代を供えてください。 」





n沼さんはいつも私を「奥さん」と呼びます。

このおじさんと話していると「 奥さん 」でも「 おばちゃん 」でも

坊守さんじゃなくても 呼ばれ方は何でもいいか、と思います。

この日もいつものように突然やって来て 突然去るものと思って

自転車のところまで見送ろうと外に出ました。





でも、いつもと違う。

何が・・・と言っても・・・

いえ。 私はn沼さんを見た瞬間 異様を感じてはいたのです。

でも、n沼さんがいつも通りに大きな声で笑って帰ろうとなさるので それに合わせたのです。






「 俺もう、歩いてここまで来れねえや。」

「 ええ~! ここまで30分も自転車漕いで来る人が、何言ってんですか! 」

「 いやぁ、もう歩けねぇんですよ。 俺、ほら13年前に癌でこっちの目を取ったでしょ。

  その後肝臓にも癌が出来ちまって、3年前にそれも手術したんですよ。

  そいつがまた再発しちまってさ、オプティーボ あの高い抗癌剤打ってるからこの格好だ。」




そう、それまでのn沼さんは真っ黒に日焼けした人だったのに この時は肌が斑に白くなっていました。


「 今おいくつになられました? 」

「 今70だ 」


若い・・・

頭の中でドキドキと言葉を探しながら

いつもとあまり変わらぬ言葉を交わして 後ろ姿を見送ってしまいました。






後になって私の頭の中に

後生は?

「 お前さんの後生は大丈夫か? 

  人の生き死ににオロオロしていて、あんたの後生は解決しているのかい? 」

そんな声が聞こえてきました






n沼のおじさんは法話会にも滅多に来る人ではないのです。

だから、私はそんな人には仏法を伝えないと と心のどこかで思っていたけれど・・・

住職の書くお便りは 全部取っておいてよく読んでいらっしゃるご様子。

私の方がオロオロしているじゃないか!

一大事 一大事と聴きなれているのに その一大事を持ってきた人の眼を見て話せず 言葉を濁すとは・・・

私はいつも何をしよるとやろうか・・・何を聴きよるとやろうか・・・お念仏のご法義はお勉強ではなかろう?

n沼さんと次にお会いする時は、あの まだ見える方の眼を見て落ち着いて話そう






いや、

待てよ

そうだ、私がこうであるからこそのお救いか

こんな私だからこその

間に合わない私だからこその 間に合ったお救いか

あのn沼さんの眼差しは 私へのご催促でした

なんまんだぶ







お浄土が

遥か遠くにあるように思って 

よそ見をしながら 

今日も歩いている 

この私への 






ご教化に遇わせていただきました







『 坊守のやがて慶ばしき日々 』から

やがてが無くなって『 坊守の慶ばしき日々 』と自信をもって言える日はいつだろう

如来のお育ての手の上を 

見えるようで見えていない おぼつかない足取りなのに

安心して歩いています










                                                           なもあみだぶつ



# by shinwoyorokobu73 | 2017-08-24 23:24 | こんなこと | Comments(0)

夏の影から

小学生の時の夏休み 妹は恐ろしげな炎の絵が描かれた本を

真面目に読んでいた記憶があります



あまり本が好きというほどでもなかったはずの妹が

私の知らないジャンルの本を黙々と読んでいる様子に

私は 自分が気づかないことに妹は気が付いているようで 面白くなくて おまけに姉として見栄っ張りだったので

「 私は妹が読んでいるような戦争の本は 好きじゃないから読まない 」と

敢えて興味がないから読まないような ふりをしていました



 

先日、テレビの番組で 『 インパール作戦 』という日本軍の立てた無謀な作戦があったことを知りました

幼い頃からその程度の奴でしたので 恥ずかしながら やはり私は知りませんでした

テレビにかぶりつきで見ました

何故でしょう

今までも毎年このような番組はあったでしょうに






その作戦によって帰らぬ人となった 兵隊さんたちの 目を覆いたくなるような姿が映されました

それなのに、 それを命令した人達はその作戦を命令するだけして 

ご自分達は とっとと日本へ帰り

その中の一人の方は 終戦後は言い訳ばかりなさっている録音も流れました

「 こんな人が指揮していたなんて、亡くなった方たちの方がよっぽど立派だったじゃないか! 

  n田ってどこの人よ! 」と思いました

インターネットで検索すると・・・佐賀の人・・・

胃が重たい感じになりました







「 なんでこんな へんてこりんな事が現実に起こったのか! 」

腹が立ってきて 住職の本棚にそんな近代日本史の本があったはず と

探して 今 読んでいます

『世界大戦』という言葉だけを知っていて

私は 実は 言葉しか知らなかったようです









「 わかってる! 」夏休みに 子供たちは何度となく私にそう言います

でも、私からすると分かってないことが丸見えなのですが

本人たちは「 わかってる! 」と思い込んでいます

私も同じことだったような気がしています








佐賀の父に電話で「 インパール作戦 って知ってる? 」と訊きました

「 いいや、終戦の時は私は10歳くらいであまり詳しくはその頃のことは知らんよ

  大人もしゃべりたがらんやったからね 」


「 今の人に戦争の事はわからんやろう 教える学校の先生だって全く知らんやろう? 」という

年をとった父に それ以上のことは訊き辛くてあまり話せませんでした







佐賀のご門徒だった104歳で亡くなった石田のおばあちゃんは

従軍看護婦でした

幼い長男と乳飲み子だった次男を残して戦地へ赴いた日々

次男を産後間もない時に召集されたので 船の中でおっぱいが張って 痛くて痛くてどうしようもなかったこと

次々に亡くなる人を十分な物資もない中手当をしたことを

私だけでなく 沢山の人に語ってくれました




朝起きたらお仏飯をお供えして 仏さまに手を合わせ

80歳過ぎても朝起きたら自分で布団は畳んで押し入れに仕舞い

庭のピンクの侘助の枝が伸びると その枝を切っては小さくして 新聞紙の上で乾かして焼却炉で燃やし

燃やした灰は また庭の花の根元に撒いて 花が咲くのを楽しみに待つ

年賀状は200~300枚を11月から毛筆で一枚一枚書き

お正月には 午前中にお風呂に入り きれいになってお寺にご挨拶にみえました

帰ってから自分に来た年賀状にゆっくり目を通すのが楽しみだったご様子は とてもかわいらしかった

夜寝るときも お灯りつけて 仏さまに手を合わせて ご挨拶して休む

丁寧に丁寧に 一日一日を暮らして

一日と言って無駄にすることなく感謝して お浄土に還って往かれました








インパール作戦を知って 一日 腹が立ったものの

戦争というと

最後に思い至ったのは

石田のスマさんの姿







なんでもない 私の今日の中で

やれることを やり

丁寧に 生きさせていただかないとなぁ

「 ななみさん 」とお浄土から笑うスマさんの姿が

遠くを見てしまいがちな私に 大切なことを 今も教えてくださっています






                                               
                                                     なもあみだぶつ




 

# by shinwoyorokobu73 | 2017-08-18 12:01 | 季節 | Comments(0)