まるで夏のような春のお彼岸 2017.

最近はストーブを点けたり消したり

その日によって 気温が変わるので

服を着たり脱いだり たいへんです



昨日は 昼はまるで初夏の温かさで

上着の下は半袖でお参りの方もいらっしゃった お彼岸法話会となりました


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香川先生も お参りの皆さまも

「 暑い 暑い 」と入ってお見えで

しばらく窓も開けておいたくらいです



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この度も 「 言うてごらん! 」の連発

皆さまもちょっと慣れてこられました




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休憩時間には住職も坊守も交じっておしゃべり






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今回は牡丹餅が

もち米も餡子もちょっとゆるくできてしまって・・・

ぼったり餅な感じに・・・

でも、うちの子どもたちやお参りの子どもたちも

皆さんよく召し上がってくださいました

50個以上食べていただくのは初めて!




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ここ西法寺の建つ場所は、20年前は

朽ち果てた観音堂の建つ竹林でした

今回は香川先生の鎮西敬愛高校時代の生徒さんだった方も

遠くからお参りくださいました

20年ぶりの再会だということでした




「 この世は縁起でできている 」

香川先生の言葉が実感されます

20年前はここでこうやって多くの方々が集い

仲良く牡丹餅をほおばることなど想像もできなかったことです



つながり つながり 導かれたこの度のご法座

暖かな春の風に吹かれながら

如来さまの御計らいの上のご縁を感じずにはいられません

また 次の半年 秋のお彼岸まで 

泣いたり 笑ったりしながら

お念仏の中に日暮らしさせていただきましょう




                               なもあみだぶつ








# by shinwoyorokobu73 | 2017-03-21 16:08 | 行事 | Comments(0)

慈雨のように

今朝はちょうど良いお湿りで

花粉や 飛んでくる埃を落ち着かせてくれました

暖かくなるにつれ 雨が降り

土には 小さな草花の芽が湧き出てき

枝には 小さくも力強い若芽が顔を出してきています


《 お彼岸法話会 》の ご案内

    日 時   3 月  20 日 ( 月 )  13 時半 より

    講 師    香 川 孝 志  師


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2月から

住職は 調布のお寺様 栃木のお寺様

各地のお寺様にご縁をいただき

ご法話をさせていただいております

いつも 気持ち良い顔で帰ってまいります

気持ちよくお迎えいただいていることがわかります

本当にありがとうございます


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住職がお寺に居た 先日 お電話をいただきました

「 昨年 『ほのぼのカレンダー』を頂戴しましたHと申します 

  今年も また 頂戴できますでしょうか?

  今年は 昨年お話ししました 子どもも一緒に

  お伺いさせていただきたいのですが・・・ 」


所用から戻った私に住職が 

「 Hさんって女の人 お前知っとるか?

  なんか 変な人で 途中でガチャっと電話を切ったんだ 」






私は直ぐにピンときました


「 その人は お子さんがお家に引きこもって 20年

  外に出ることもなく 人に会ったりもしなということで

  ご相談に来た○○にお住いのHさんだと思うよ

  去年の今頃 カレンダーを持って帰ってもらった時に

  『 つぎは絶対に 子供さんもみえるよ 』って

  話したでしょ? 覚えていない? 」



「 ああ! あの時のお母さんか!

  HPを見て 子供さんから 

 『 お母さん 西法寺に行ってきて 』って頼まれて来たって言ってた・・・

  思い出した  思い出した そうかぁ あのお母さんか 

  あの時は あのお母さん いっぱい泣いて帰ったよなぁ

  もう1年経つか・・・・・早いなぁ

  お前が言っていた通り 子どもを連れて来るんだなぁ 」



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午後は体調が悪くなりがちな 

お子さんの様子を見て

「 良かったら電話して行きます 」と言っていらっしゃいましたが

ほどなく お電話をいただき

二人そろってお見えになりました




初めてお会いするお子さんは

長く外に出ていらっしゃらないので 透き通るような白い肌の人でした

私より年は少し下だけれども ずっと若く 純粋な感じの




お母さんは お子さんを 住職と二人で話しをさせようと

私を本堂の隅に促して 説明をなさいました

いつから 外に出なくなったのか

なぜ そうなっていったかと思われる 理由は自分にあるのだということなど

いっきに話されました

お母さんは 昨年よりもドロンとした目をなさっていて

日々 親子で苦しみ もがいて過ごされているご様子が窺われるようでした






お母さんは 「 何でこうなったのか 何でこうなったのか・・・ 」と

悔やまれるのですが





「 この20年間の苦しみがあったから

  いろんな事を 真剣にお考えになってきたんでしょう?

  ご自分の生い立ちから 子どもの育て方やら 家族って何か

  随分と深い所にまで 考え至られたのでしょう?

  そして 今日は そこから一歩 お二人で踏み出された

  長いけれど 20年間が 必要だったんですね

  

  
  このお寺にはね

  お嬢さんくらいの年齢で

  15年間結婚生活を続けたお連れ合いから

  突然離婚を突き付けられて

  途方に暮れて泣いていた人も ご法話を聴きにお見えになっていますよ

  来た時は 心も病んで頭も白くなっていかれたけれども

  2年経って 今は 仕事も決まり随分と元気に

  きれいになられましたよ

  苦しんで 苦しんでも 

  自分の足で歩けるようになっている人も居ます

  きっと お子さんもそうなられます

  だいじょうぶ   だいじょうぶ 」




そう私が話すと お母さんの頬はうっすらと赤みが差し

ドロンと焦点の定まらなかった目には

力が見えるようになりました







住職の前に座ると 

住職の事を「 きれいな目をなさっていますね 」と

話しを始められたお子さんの方は

気が付くと ぼろぼろに泣いていました

ぼろぼろ ぼろぼろ と

その白いきれいな顔を濡らしていました




「 私は ずっと 心が揺れています

  心では 本当は 醜いことを思ったりもしています

  それなのに こんな風にいつも へらへら へらへら

  なんとも無いような顔をしている自分が 大嫌いなんです

  私は 嫌な 失礼な 人間なんです

  今も こんなこと 思ったらいけないと思うのですが

  ご住職のことを 尊敬しないといけないのでしょうけど

  生意気に 友達のようにしか思えていません

  すみません・・・・・ 」


「 それで いいんじゃないですか? 」


「 私のこと バカにしないんですか? 」


「 あなたは 何もおかしくないから バカになんかしませんよ 」


それからは 言葉になりませんでした

ただ ぼろぼろ ぼろぼろ 涙



「 私、ずっと 泣いたこと 無かったんです 」


「 そう、 よかったじゃないですか 」


「 もう 帰ります 」


「 そうですか 」



淡々とした 住職と彼女の会話

帰る時

靴を履いた彼女は お母さんの方を見て言いました

「 ここは きれいね

  帰ったら 私の部屋を まず掃除しないと 」



彼女は私の方を見ないようにして言いました



「 私の所も 本堂はきれいだけれど

  住んでいる所は たいへんよ! ぐちゃぐちゃ 」 と 私が言うと


彼女は苦しそうに顔をゆがめて


「 いいえ 私の部屋はそんなんじゃ無いんです!

  ほんとうに汚いんです 」

とお母さんの目を見つめて「 ね 」と確認するように 絞り出すように言いました






女というのは大変

人が幸せそうに見えると 心が波立ちます

特に 自分が幸せでないと思う時は 荒れ狂うものを内に持っています

彼女もそうらしい  私もそう・・・

彼女には 私は幸せいっぱいに 見えたかもしれません

台所の洗いかけの茶碗の山を見せればよかった・・・

子どもを叱る姿は鬼婆なのに・・・

でも、「 くやしい 」と思って力が湧くこともある









自分の内側から 外を眺めているだけの間は

苦しみは続きます

このお寺のご本尊さまは

「 荒れ狂う心を持った そのまんまでいい

  荒れ狂う心を持つ お前をこそ目当てぞ 」

の仏さまです

きっと あなたが

「 こんな私を お救いの仏さま 」と

そのまんまの自分をいただかれた時

心は自由に解き放たれていきます





あなたの涙が 慈雨のように

あなたの干上がっていた心に 生きる力を育てていきますように

また、来てください

逃げないで

また、仏さまの心を聴きに来てください

また、待っています





                                 なもあみだぶつ






  
















  
















# by shinwoyorokobu73 | 2017-03-14 17:50 | | Comments(4)

春ですね 春ですね

ここ数日 ぽかぽか陽気がつづいて

桜が咲いてるような錯覚を覚えます

花粉症の皆さまには 

謹んでお見舞い申し上げます


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変な画像とお思いでしょうが

裏のふきのとうです

先週の写真ですから もう開いています

草木は一番季節を知っていますから

もう 確かに こんな季節ですね




さて 元旦会でご案内いたしました

「 第25代専如門主 伝灯奉告法要 」の団体参拝ですが

現在22名のご参加です

先週本願寺からのご連絡で まだ余裕があるそうですので

もし、「 わたしも 」とお思いのお方は

3月いっぱいお待ちいたしますので

ご遠慮なくお寺までご連絡くださいませ




あわせて「 お髪剃り 」をお受けになる方も

まだ内願も受け付けていただけるそうですので

住職までご相談ください

今回はお若い方も 法名をいただかれます

生前に本願寺で法名をいただかれることは

ご自分の芯となって 支えられていかれることと思います

お待ち申し上げます




春のお彼岸のごあんない

この度は北九州より 香川孝志 師 にお越しいただきます

「 言うてごらん 」の先生ですね

私は先生とご縁があって20数年になります

先生が校長先生だった時の生徒さん達も

遠近各地から駆けつけてくださいます

ありがたいご縁です

先生も私たちも 年を取りました

一回 一回 お会いできることが 

ほんとうに有り難く感じられるようになってまいりました




   《 春 の お 彼 岸 法 話 会 》

    期 日      3 月  20 日 ( 月 )  13 時 30 分  より

    講 師      香 川 孝 志 師



暖かくなると ご案内をさしあげるのも安心です

どうぞ皆さま お誘いあわせの上お参りくださいませ




                                      なもあみだぶつ













# by shinwoyorokobu73 | 2017-03-04 06:44 | 行事 | Comments(0)

「 そうじゃないだろう 」 に支えられて


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10数年になる




その男性は 

「 建築って言うのは 

  信頼っていう 心意気(いき) 若しくは粋(いき)で建つんです

  信頼関係の持てない人と仕事はできません 」

と言って

住職が設計費用を振り込んだ次の日に

私たちのお寺の建築の設計監督業務を放棄した

「 途中で仕事をほっぽり出す?

  言ってることと やってることが違うじゃないか!

  信頼 カ ン ケ イ は お互いでしょうが 」 

そう私は思った

そもそも、工務店さんは私たちが紹介してお願いした所だったから

その後は やはり大変だったものの

なんとか この本堂も庫裏も無事に建てていただくことができたのだが







「 最終確認図面見ました。本堂の柱は八寸でお願いしていましたよね。

  何で この図面では 四寸になっているんですか?

  予定通り八寸の柱に戻してください 

  四寸だと普通の住宅のような感じになってしまいます 」



( 小さく 小さく書いてあった

  設計図面の本堂の柱の寸法を住職は見逃さなかった )



そう住職がメールを送ったことで彼は なぜか キレた・・・


〈 そもそもこの低予算で俺はあんたたちの設計を引き受けてやったんだ!

  建物の強度は四寸で十分なんだよ

  いちいち いちいち僕の設計にケチつけてきて、やってられるか!

  寺 寺って 何もやって無いくせに偉そうに 〉

という気持ちが 彼や彼を紹介した方にはあったように思う




(本堂の柱のお金が足りないなら 私たちの住み家(庫裏)の予算を削ればいいと
 伝えていたけれど 

 材木会社の社長は「お寺の柱にいいかげんな物は入れられない必ず用意します」と
 言ってくださっていた、八寸の柱は少し時間がかかったけれど準備していただいたけれど)




思えば

私たちの要求は あの時の彼には荷が重すぎた

 「日本建築の木の組み方を 設計図面に詳しく書くことは難しいし

  八寸の木の組み方なんて大学出てちょっとの人は知らないよ

  実際 建てるのは大工ですよ」

  とは後に 建築のプロにお聞きして知ったことだった

私たちはあの時 そのことをわかっていなかった

それを認めて受け入れるには 彼も若かった 






あの時一番私を納得させたのは

「 お互いに初めて会って 

  信用できない者同士が大金を掛けて仕事するんです

  だから契約書を交わすんですよ

  信用で仕事に成るんだったら

  契約書なんて無しで仕事してみたらいいんですよ 

  『 お代は完成した後で結構です 』 って

  そういう人なら 信用できる 」

という 最後まで建築の責任を負ってくれた 工務店社長の言葉だった

設計士の信用は 最後まで施主に向き合い完成させるという プロの仕事じゃないか?

じゃあ 僧侶の信用は? 伝える法による人の安心と満足?

あの時は「 信用(信頼関係)って何だ? 」と本当に真剣に考えさせてもらった








今朝は テレビに 

被災地を長期で支援している方が出ていらした

解体する家の方に断って いらない物を貰って(例えばキッチンや洗面台など)

他の 家が倒壊して困っている方に 必要であれば持っていく 等活動されているそうだ

「 物を盗っていくんじゃないか とか 嫌なこと言われたりしませんか? 」

と質問があった  

彼は 「 ああ、それは しょっちゅうですよ。 

     最初はどこも このひげ面がいきなり『手伝います』って行くもんだから

     『こいつ 大丈夫か?』っていう目で見られますよ 

     でも、当然だって思ってるんで

     『どうぞ疑ってください』と思ってやってるんです 」

と、笑顔で答えていた







その彼の言葉に 「 そうだ! 」

私の記憶のチャンネルが10数年前のあの時に戻って

思わず ぼろぼろ ぼろぼろと

あの時感じた思いが こぼれてきたのでした






わたし達もお寺を建ててから 幾度となく

「 ここ、本当にお寺? 」

「 地図(看板、チラシ)を見て来たんですけど、これ?・・・」

という疑いや、落胆、侮蔑の色を顕わに帰って行く人もあったけれど

その度に やっぱり テレビの被災地支援の彼が言ったように思ったものでした





「 そりゃ疑うのは当然 『お寺なんて新しく出来るの?』と思うだろうし、

  この建物はいわゆる 『大きな境内地の 瓦屋根の大伽藍』じゃないしね 

  私だったら 相当疑うわ 」





税務署の人にだって「 お寺って新しくできることってあるんですか? 」と訊かれたし

信頼関係なんて一朝一夕には生まれないのは経験済み






しかし

縁もゆかりも無い土地に

土地を求め 

寺の建物を建てるということは

何千万円では済まないお金を 只一人 ここの住職が負うということ 

建物のその後に 責任を持って生きていくのは私たちだった

責任は設計士は負わない

ここに 全てのご縁の最初を築くのだから

ここから私たちと これから出会う人たちの

信頼関係が生まれていくのだから

本堂だけは妥協できなかった

嫌なものは 嫌なのだ

ダメな物は ダメなのだ

誰かの顔色をうかがって妥協できる話ではなかった

その若い設計士を紹介した人は 

いわゆる 善い人で

私から事情を聞いて 

「 そんな風に思ったら建物がかわいそうですよ 」 

と言った

その時 私はその善い人に 「 ふざけるな 」 と思ったのだった






私の 信用というのは 他人がすること

この私がどうこうできることじゃない

「 信用してください 」

なんて最初から自分で口にする人を

あの時から 私は信用しないようになった






おかげで

「 西法寺 」の看板をあげてから

私たちを 信用してほしいとか

分かって欲しいとか

思わないでやってこれた気がする






私の『 信用 』は 他人さんがすること

私が何かできるもんじゃない

私たちに出来ることは 

やるべきことをやり 伝えるべきことを伝えること

やりっぱなし

伝えっぱなし

そうあってこそ

そう思われる

私もそう思ったのだから

他人もそうであるに違いない






そう思うと

ここに 何かを感じて集まって来てくださる皆さんは

私たちのやり方を信用してくださっています

住職の伝えることに頷いてくださいます

とてもありがたいことに思えます

信用や信頼関係について

『 そうじゃないだろう? 』と感じた あの日の体験があったればこそ

それとは反対のやり方を 手探りできてきたことになります






今は 初めて本堂に入って来る人が

「 何だか とても気持ちがいい本堂ですねぇ

  やさしい気持ちになりますねぇ 」

と言ってくださいます

住職も私も言わないけれど 

『それはですね』 と心の中で思うのです

そして、

10数年前は白かったけれど 

うっすら赤く変わってきた

私たちの 意地と信念の結晶のような 八寸の尾州檜の柱を撫でながら

あの 正直だったけれども 

とても失礼で 乱暴で 粗削りな私たちの 

あんな風にしか出来なかった 人との関わり様を

恥ずかしく 懐かしく 愛おしく

また、とてもありがたい経験だったと思い出すのです







今も あの時のように 私には はっきりと見えていないことの方が多いでしょう

でも やっぱり今日も

一生懸命に手探りしながら 

「これでいいのだ」と

時を重ねています

いろんな人に いろんな形でお相手していただきながら








                             なもあみだぶつ





























# by shinwoyorokobu73 | 2017-02-18 11:54 | こんなこと | Comments(2)

終わりが始まりの季節

明後日には都心でも雪が降るかも

と言われていますが・・・

昨日 今日の昼間は まるで春のよう

ついつい外の片づけに力が入ります

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細い針金みたいだった雪柳の枝に

ぷっくりぷっくり ちいさな芽が春の準備




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猫の額ほどの裏の菜園には

わさわさと 実家の母から送ってもらった水菜がおいしそう!

お腹を空かせた鳥たちが

あっという間に食べちゃうので

人間の分には網をかけてブロック



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あまりにも雨が降らないので

住職が水やりを始めたら

にょきにょき葉っぱを増やし始めたケール

ジュースにして 血液サラサラ



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美味しそうな葉っぱを狙うのは

カメラ目線のこの子たち

人間と鳥たちの 葉っぱの争奪戦

でも、ときどきはミカンを差し入れたりして

人間も鳥のご機嫌鳥(取り)




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ちょこっと残っていた

ツワブキの花が ふさふさの種になっていました

終わりと始まりが一緒にがんばっています





諸行無常と聴くと

何だか寂しさを感じますが

暗い方へも 明るい方へも

たえず変化するこの日常が

まさに その中にありますね





来月は卒業シーズン

終わりと始まりの始まり

我が家は 

うっすら積もった冬の間の埃を

そろそろ終わりにしなくっちゃね






                              なもあみだぶつ







# by shinwoyorokobu73 | 2017-02-07 15:57 | こんなこと | Comments(0)